日大アメフト部の違法薬物逮捕 社会的抹殺が必要な重い罪なのか?
日本大学アメリカンフットボール部の学生寮で、乾燥大麻(0.019g)と覚醒剤(0.198g)が見つかり、学生の一人が大麻取締法違反と覚醒剤取締法違反の疑いで逮捕されました。
逮捕された部員の名前と顔写真は公開され、マスコミは連日、逮捕された学生や大学を糾弾する内容を大々的に報じています。
連帯責任のように、アメフト部は大学による無期限活動停止処分も受けました。
日大アメフト部の違法薬物事件を報じる新聞記事
これは初犯の青年を社会的に抹殺しなければならないほどの重い罪なのでしょうか?
世界的に大麻の取り締りは緩和される傾向にある中、日本は次の国会で大麻使用罪を新設する法案を準備しており、世界の潮流に逆行する厳罰化の動きを取っています。
今回の逮捕、報道の過熱ぶりは何を目指しているのでしょうか?
薬物依存症の専門家と法律の専門家に聞きました。
このニュースレターを登録してくださった方には、医療記者の岩永直子が関心を持った医療の話題を不定期に配信します。ぜひご登録ください。
若者の将来を考えた対応、報道か?
国立精神・神経医療研究センター薬物依存研究部長の松本俊彦さんは「これほどの罰を与えるべき罪なのでしょうか?」と疑問を投げかける。
松本俊彦さん(撮影:岩永直子)
松本さんは違法薬物で捕まり、少年院に入った未成年の高校生や成人で逮捕されて除籍された大学生など、さまざまな立場の若者を診療してきた。
「その後の人生がうまくいっている若者のケースでは、学校にいい校長先生がいて、少年院を出た後に元の高校に戻してあげるケースもあります。そういう子は大学に進学もして可能性が潰されなくて良かったと思います」
それに対して、今回の日大のケースでは、若者の将来にまったく配慮のない大学や警察の対応や報道ぶりに唖然としているという。
「日大のケースは、成人で実名や顔写真も出て、前科が付くでしょう。そしてメディアはそこらの殺人事件よりも大きく取り扱っています。もっと悪いことをしている人はたくさんいるのに、そこまで罪深いことなのかと違和感を覚えます」
松本さんは同じような現象を2000年代終わり頃にも見たことがある。
「有名大学の大学生が大麻を使っていたと大々的に報道され、メディアもさまざまな有名大学に取材して『こちらでも大麻を使っている学生はいないか?』とキャンペーンを繰り広げました」
「ところが一部の大学では退学処分を出さずに、回復のためのプログラムを受けさせて停学にとどめ、もう一度大学に戻していました。それは若者の将来を考えた時に本当に良い対応です。今回の日大の件でもそういう判断はあり得たのではないかと思います」
もちろん逮捕された部員は、依存症や治療が必要であるレベルではないのかもしれない。
「それでも将来を無くさないような対応があったのではないかと思います。しかし、残念なことに社会全体からこんな風に糾弾されて将来が閉ざされようとしています。さらに、今後も同じような逮捕が続くかもしれません」
規制を強めるほど危険に 10年前の脱法ハーブ問題、再び?
今から10年前、脱法ハーブを中心とした「危険ドラッグ」の蔓延が問題になったことがある。問題のきっかけになったのは、有名大学の学生を大麻取締法違反で逮捕したことだった。
「海外留学歴があって海外で大麻を使った若者が、日本で大麻を使うのはリスクが高いため、捕まらない類似のものとして脱法ハーブを使ったのです。取り締まりとのイタチごっこが続く中で、逆に規制がモンスターを育てていった感がありました」
大麻に対する海外の寛容政策とは裏腹に、日本では使用罪の創設が議論されている。
ところが、現在、大麻から抽出した成分の中でも日本では合法となっているCBD製品は、熱やアルコールを加えると違法とされるTHCに似た物質が出てくることがわかっている。
「これからTHC類似のものも規制するのだと思いますが、大麻の規制が強まるにつれ、元の大麻よりも問題のある製品が出てくるでしょう。その規制が始まった途端に在庫一掃の安売りも始まり、お金のない人も簡単に手に入れられるようになり問題が大きくなるはずです。そうしてまた、イタチごっこが始まるのでしょう」
日本では覚醒剤を使う人は減っており、大麻の使用者は増えているが、健康被害があまり見られないため医療につながることが少ない。医療の現場で問題となっているのはむしろ市販薬依存だが、そちらに対する国の対応は遅れている。
「そんな中で大麻の類似物の問題が10年前の脱法ハーブの悪夢のように今、始まっています。我が国の薬物対策は、本当のところ何を狙っていて、どんな結果を期待しているのでしょう?余計な規制に力を入れて、かえってことを拗らせているのではないかと心配になります」
大麻は危険?ゲートウェイドラッグ?
今回逮捕された学生が、大麻と共に覚醒剤を持っていたことによって、「大麻はゲートウェイドラッグ(入り口の薬)で、一度、大麻を使うとより強い薬物に手を染めることになる」という報道がなされている。
「自身の研究やさまざまな研究を見る限り、大麻は安全とは言いませんが、他の薬物と比べて危険かといえば疑問符がつきます。大麻を一度許してしまうとより危険なドラッグに手を出してしまうと言われますが、実際、覚醒剤は減っている現実があります」
「たとえば、ヘアヌード解禁前に『ヘアヌードを解禁すると性犯罪が増える』と言われていましたが、実際は減っています。大麻について、若者たちに説得力を持って危険なゲートウェイドラッグだと言えているわけではありません」
世界に逆行する日本 若者の将来を閉ざすキャンペーンを打つ意味は?
昨年10月にアメリカのバイデン大統領は薬物に関する前科を消す恩赦を出し、2024年からはドイツとスイスで大麻の娯楽的な使用が合法化される。
そんな世界の流れの中、日本では現在、所持罪しかない大麻について、新たに「使用罪」を創設する法案を次の国会に出すべく準備しているところだ。大麻の厳罰化は必要ではないと訴える専門家も多い中、このタイミングでの日大アメフト部の逮捕、報道の過熱は国内での世論形成を目指す意図が働いているようにも見える。
「僕もそうなのかなと思いますし、夏休み期間は薬物防止教室のラッシュの時期でもあります。そういうキャンペーンへのブースト効果も狙っているのではないかと思わざるを得ません」
「連日、メディアは逮捕された学生の顔写真を出して、繰り返し報じて、そこまで責められるべきことなのかと思います。むしろ、警察から大学に事前に通告があり、秘密が守られなかったことの方に驚いています」
以前、悪質タックルで問題になった日大アメフト部であることも、メディアの報道を加熱させる要因にもなっているのではないかと松本さんは推測する。
「『曰く付きのところだからこれぐらい叩いてもいいだろう』という意識が働くのでしょう。逮捕された学生のバックグランドも含めて、メディアに情報が出過ぎている印象を受けます」
「そして、これはデジタルタトゥーとして彼の今後の人生にずっとついて回ります。そうしたことに悩んでいる患者さんは僕の外来にもたくさんいます。大学に入り直そうとしても、仕事を探そうとしても、ずっとついてまわり、将来の道を閉ざしてしまうのです」
松本さんは、逮捕は致し方ないとはいえ、社会としてもっと寛容な対応があるべきなのではないかと訴える。
「法律を捻じ曲げることはできないので、見つかった場合は逮捕されるかもしれません。しかし実名報道はしないなど、メディアはあまり騒がない報じ方もできるはずです。逮捕前に大学が感知した場合は、警察による逮捕以外の選択肢を本人に提示して、もう一度チャンスを与えることがあってもいいと思います」
今回、メディアは逮捕された学生が優秀で礼儀正しく、チームのムードメーカーだったとも報じている。
「よく大麻を使うと生活が破綻すると規制当局は言いますが、彼はちゃんと生活できているわけです。大麻の害ばかり訴えて、逆にそこに注目しないのはおかしいなとも思います」
犯した罪に対し、社会的制裁が大き過ぎる
薬物問題に詳しい甲南大学名誉教授(刑事法)、弁護士の園田寿さんは、「実際には不起訴になる可能性が大きいし、仮に起訴されたとしても執行猶予がつくでしょう。ただ、実名が公表されて、顔写真も全国に出ており、そちらのダメージの方が大きい」と話す。
「犯した罪に対して、社会的制裁が大き過ぎる」と話す園田寿さん(撮影:岩永直子)
「刑事法では『応報刑』という考え方が主流で、犯した罪の責任に応じた処罰を与えるのが原則です。薬物については、アメリカの大統領だったジミー・カーターが『麻薬の所持に対する罰則は、麻薬の使用そのものよりも個人にダメージを与えるべきではない』 という言葉を残していますが、その通りだと思います。日本は薬物に対する社会的制裁が大き過ぎます」
「おそらく彼は大学も退学になるでしょうし、就職もなかなかできないでしょう。その後の人生が大きくマイナスの方向に振れてしまいます」
「外国では大麻を解禁する国や地域が増えているのに、日本はどんどん厳罰化しています。それが薬物規制のあり方として正しいのかどうかを考えるべきです」
園田さんは今回の事件について、「寮の中で無修正のわいせつ画像を友達に渡したようなものだ」と例えている。
「それも懲役2年以下の犯罪です。わいせつ物頒布等の罪になり、結構重いです。大麻の場合は5年以下の懲役です。わいせつ画像を友達に配った場合、名前や顔を晒すのはみんなやり過ぎだと思うでしょう。なぜ大麻はやり過ぎだと思わないのか」
その背景には薬物に対して政府が「ダメ。ゼッタイ。」という価値観で規制し、啓発活動を進めているからだと園田さんは考えている。
「本当にダメなのか。そもそも薬物の自己使用は自損行為です。つまりリストカットと同じです。なぜ体に有害なものを取り入れた人を厳罰に処さなければならないのか。その理由が明確ではありません。他人に使ったり未成年に売ったりするなら、他人を害しているのでその犯罪性はわかります。でも、成人が自らの判断で自ら持つことがなぜ処罰に値するのか」
そもそも、違法薬物の自己使用に処罰が意味があるのかを問うべきだと園田さんは訴える。
「覚醒剤で刑務所に入っている人の6割は再入者です。単純に考えて、刑罰が失敗しているのではないかということです。薬物に刑罰で対処するという根本を疑わなければいけません」
バイデン大統領は昨年、薬物を刑罰で対処するのは間違っていたとし、今後は医療で対応すると方向性を変えた。
「しかし、日本は大麻の使用罪を新たに作ろうとして、どんどん厳罰化を強めようとしています。薬物に対する根本的な考え方を見直すことが、この問題には必要だと思います」
「法的パターナリズム」は許されるか?
今回、大麻と共に覚醒剤が見つかったことで、「大麻はより強い違法薬物につながるきっかけを与えるゲートウェイドラッグだ」と報じるメディアが目立つ。
「海外の文献を読むと、ゲートウェイドラッグという考え方は過去の仮説です。印象に残っているのは、『大麻をやると脳の構造が変わり、より強い薬物を受容しやすくなる』という主張ですが、アルコールやタバコでも同じ変化が起きるそうです。でもアルコールやタバコはゲートウェイだとは言わない。それはおかしいですよね」
また、違法とされている大麻を使うことで、遵法意識が薄れるという主張もなされている。しかし、これはアルコールやタバコでも同じことだと園田さんは言う。
「アルコールやタバコはゲートウェイドラッグだと誰も言いません。実際、覚醒剤事犯が減っていることが統計上明らかですし、大麻はゲートウェイドラッグであるという言い方は都市伝説だと思っています。ゲートウェイだと主張する人は、実証していただきたい」
刑罰の原理は二つある。一つは「加害原理」で「他人に害を加えた人は罰せられなければいけない」という考え方だ。
「もう一つはその人のために罰するのだ、という『法的パターナリズム(父権主義)』です。これを強調すると、刑法が道徳を維持するために罰則を作ることにつながってしまいます。そこは慎重にならなければいけません」
「たとえば売春を違法とするのは、売春婦を保護するためだと言われます。売春自体には刑罰はありません。そこまでパターナリズムを発動するのはいかがなものかという議論があったからです。だから違法とだけして罪は科さないわけです」
「法的パターナリズムを発動すると、未成年の家出やリストカット、オーバードーズも刑罰で取り締まっていい、となりかねません。それは明らかにおかしい話です」
メディアの見識も問う
メディアの一面的な報道ぶりも疑問に思う。
「メディアも薬物問題に対する見識がない。薬物問題はとても複雑で、単に合法・違法で割り切れる問題ではないし、道徳的に良い・悪いとはっきり分けられる問題でもありません。人類の歴史と複雑に絡み合った難しい問題です」
「そういう問題に向き合う態度があまりにも軽過ぎます。一面的なものの見方で、薄っぺら。ゲートウェイドラッグで危険な薬物をなぜ適切に管理しないんだ、という論調しかありません。メディアも勉強不足です」
今回は、日大アメフト部についての専門家の見解を配信しました。いかがでしたでしょうか?自損行為である薬物問題は、被害者のいない犯罪と言われています。未来ある若者の初犯の行為をここまで社会的に糾弾する必要はあるのでしょうか?失敗しても何度でもやり直せる社会の方が、みんな生きやすくないでしょうか?ぜひ考えるきっかけにしてください。
このニュースレターを登録してくださった方には、医療記者の岩永直子が関心を持った医療の話題を不定期に配信します。ぜひご登録ください。
すでに登録済みの方は こちら