精子提供で生まれた子供や親が「特定生殖補助医療法案」に関して公開質問状を発表 

精子や卵子の提供を受けた不妊治療についてルールを定める「特定生殖補助医療法案」について、「出自を知る権利が守られない」などとして反対している当事者団体が、法案を提出した議員連盟に公開質問状を突きつけました。
岩永直子 2025.05.13
誰でも

精子や卵子の提供を受けた不妊治療についてルールを定める「特定生殖補助医療法案(※)」。

「出自を知る権利が守られない」「同性パートナーや事実婚カップルらが排除される」と反対の声を挙げる当事者団体が5月13日、法案を提出した「生殖補助医療の在り方を考える議員連盟」や各党の政調会長に公開質問状を送付した。

出自を知る権利や刑罰などについて23の質問を並べ、5月27日までの回答を求めている。回答は公式サイトで公開される予定だ。

公開質問状について記者会見をするふぁみいろネットワークやドナーリンク・ジャパンの代表ら

公開質問状について記者会見をするふぁみいろネットワークやドナーリンク・ジャパンの代表ら

※自民党、公明党、日本維新の会、国民民主党が2月5日に共同で参議院に提出した法案。提供者の情報は、国立成育医療研究センターが100年間保管し、18歳以上の成人した子供から請求があれば、身長や血液型、年齢など、提供者が特定されない情報のみを開示。子供が提供者の氏名など個人が特定される情報や、それ以上の情報開示を求めた場合、提供者の同意が得られた場合は開示されるとしており、「子供の出自を知る権利が守られない」と当事者らは反対の声をあげている。また、この生殖補助医療の対象は法律婚のカップルに限っており、同性カップルや事実婚、選択的シングルらも反対の声をあげている。

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出自を知る権利などについて23項目の質問

公開質問状を提出したのは、特定生殖補助医療で生まれた子供や子供を授かった当事者団体(ふぁみいろネットワーク、一般社団法人ドナーリンク・ジャパン、一般社団法人こどまっぷ、一般社団法人Famiee、一般社団法人あすには)や個人、研究者らによって構成する「特定生殖補助医療法案の修正を求める会」。

公開質問状

公開質問状

「当事者の声や懸念、国際的な権利保障の観点からも重大な問題点を含んでいる」として、法案を提出した国会議員に疑問に回答してもらうことで、「メディアおよび社会に向けた情報開示と問題提起の手段として作成した」とその趣旨を説明している。

公開質問状は、「AIDで生まれた子どもの立場から」出自を知る権利について13項目、「AIDで子どもを授かる親の立場から」出自を知る権利や母子へのリスク、刑罰などについて10項目の質問が並ぶ。

生まれてきた子供の立場から「なぜドナーの意向で情報が得られない可能性があるのか?」

この日、この「修正を求める会」に加盟する5つの当事者団体が記者会見を開き、その狙いなどについて説明した。

AID(精子提供による人工授精)で生まれた子供の立場からの質問は、

この法案では、提供者の同意がない場合、生まれた子は知りたい提供者情報を知ることができないという理解でよろしいでしょうか

生まれた子に医療上の問題があって、提供者情報を知る必要がある場合でも、子が18 歳になるまでは、提供者情報は一切開示されないという理解でよろしいでしょうか

など、出自を知る権利について13項目にわたる。

これらについて、ドナーリンク・ジャパン代表理事の仙波由加里さんは「ドナーリンクジャパンに登録しているAIDで生まれた人たちは、ほとんどがドナーが誰だかわかりません。みな、出自をたどれないことやドナー情報がないことでなんらかの不安や居心地の悪さ、生きづらさを感じています」と現状を説明。

「知りたいという人がいるなら、法律で出自を知る権利を保障すべきだ」と主張しているが、特定生殖補助医療法案の内容には「がっかりし、苛立ちを示す当事者が少なくありませんでした」と語る。

具体的には、法案で一律に子供に開示される情報が、ドナーの身長、血液型、提供時の年齢等に限定されている点や、それ以上のドナー情報を求めてもドナーの意向によってはそれが叶わない可能性がある点だ。

法案提出後に行われたオンラインイベントでは、生まれた子供の立場の人からこんな発言があった。

「自分の出自を知るということは、提供者が誰であるかを知るということだと思います。自分がどこから来たのか、何者なのかがわからないと、アイデンティティを構築することができません。ドナーの匿名情報に加え、もっと多くの情報が必要な場合に、なぜドナーの了承が必要なのでしょうか?」

「出自を知る権利を認める法律は、これから生まれてくる子供たちのためのものです。ドナーは提供するかしないか選べますので、自分の情報を開示するのが嫌ならば、提供しないことを選べます。しかし子供は提供で生まれたことを背負って生きていかなければなりません。人によっては進学や就職、出産、結婚、家族の死、自身の病など人生の岐路で、自分の出自と向き合う日が来るかもしれません」

「今の法案で認められる内容は必要な情報が得られない今までとほぼ変わりないと予想されます。この法案の内容は、生まれてくる子供たちの助けになるのでしょうか?生まれた子供の出自を知る権利を認めるという形だけの役に立たないものにしてしまっては意味がありません」

別の人はこんな発言もしている。

「健康診断で父方の医療情報がわからずに困ることがあります」

仙波さんは、これまでドナーリンク・ジャパンとして議連に質問を重ねても納得の得られる回答はなかったとして、改めて質問を用意し、YES/NOで明確に答えられるようにしたと説明した。

親の立場から「18歳未満は一切の情報が遮断される」

AIDで子供を授かる親の立場からの質問は、

法案では、子が18歳未満の場合、病院等には秘密保持義務が課され、個人を特定しないドナー情報でさえ子どもへの開示を保障していないどころか、禁止していると読みとれる。その理解で正しいか。 それは、法案1条の『子が自らの出自に関する情報を知ることに資する制度』を作るという法の趣旨に反しないのか

現法案では実質婚姻状態にない人々の国内外での精子提供等の治療の道が絶たれるため、SNS等の個人間精子提供を選ぶ人が急増することが考えられる。その際、性被害や性感染症による母子へのリスク、子とドナーの法的関 係性リスク、子ども同士の近親婚など様々なリスクが高まり、子どもの福祉も脅かされると考えられる。それに対してはどのように対応する計画なのか教えていただきたい

など10項目。

自身も夫の無精子症により精子提供によって親になったふぁみいろネットワーク共同代表の戸井田かおりさんは、同性カップルや事実婚、精子提供、卵子提供など多様な形の親が参加する自身の団体で「どの立場の親もこの法案に対して憤っており、悲痛な声が上がっている」と説明。

「当事者の声や実情がこの法案に全く反映されていない。法案がこのまま通ってしまえば、多くの立場の人が今までよりも治療を受けることが困難になり、私たちの子供の権利を保障することも難しくなる」と訴えた。

また18歳未満ではドナー情報を開示されないことについて、「親は子供に告知をした後も、子供からのドナーについての質問に何も答えることができなくなってしまいます。これでは私たち親が親としての責任を果たすこともできません。これは非常に由々しき事態です」と法案の問題を指摘。

「公開の場で議論できる状況にしていただきたい」と要望した。

「婚姻状態にない人は治療の道が絶たれる」

自身も女性同士のカップルで精子提供を受けて子供を授かったこどまっぷの代表理事の長村さと子さんは、海外の精子バンクを使って子供を授かる同性カップルやシングル女性を支援してきた。

法案では法律婚の夫婦に対象を限っており、対価の授受を介してこの生殖補助医療を受けた場合、刑罰が科される。

長村さんは「『今後、個人間の関係(提供)しか望めず、医療にアクセスできない中でどうすればいいのか』との声が数多く寄せられている。現在治療中の方々は法案後の医療アクセスの制限により本当に苦しんでいる。どんな形でも子供を持ちたいという必死な思いから危険な状況に巻き込まれる方も既に出ており、それでも子供を望む気持ちを止めることはできません」と追い込まれている同性カップルやシングルの声を紹介した。

その上で「特定生殖補助医療法案は、 第三者の精子、卵子の提供を初めて法的に規制する重要な一歩です。私たちは子供の出自を知る権利や医療の適正化を保障する法律の必要性を強く支持します」と、法律を求める気持ちは共通していることを説明。

しかし、「この法案が法律婚の夫婦に限定され、同性カップル、シングル、事実婚の安全な医療へのアクセスを絶つ内容であることに深刻な懸念を抱いています」とし、相談者から以下の声が届いていることを紹介した。

「同性カップルは法律婚を望んでもできないのに、差別そのものだ」

「子供を望む権利が奪われ、危険な道しか残されていない」

そして、法律で対象から弾かれ、国外での対価を支払っての実施も厳しい刑罰が課されることで、SNSなどを介した個人間の精子提供などに流れる可能性が高まり、性感染症や同一ドナーによる近親婚のリスク、子供の出自情報の消失、性被害などさまざまな問題が起きうることを指摘。

「法律婚以外の治療希望者を排除する本法案が、かえって非公式な手段を助長し、母子や子供の安全を脅かす」と訴えた。

選択的夫婦別姓実現を求めて活動する「一般社団法人あすには」代表理事の井田奈穂さんは、20〜50代で事実婚をしている人は国内で推計約122万6000人おり、夫婦別姓が法制化されたら法律婚をする「結婚待機人数」は推計約58.7万人いることを報告。

今回の法案でこうした事実婚のカップルが締め出され、対価を支払って実施した場合は刑罰も設けられていることについて「医療のアンダーグラウンド化、非常に危険な状態での精子提供や卵子の提供を個人間でやる状況になるのは国が行う少子化対策と逆行する」と批判した。

法規制や国による情報管理は必要だが......複雑な当事者の思い

複雑なのは、当事者も本来、こうした医療が法によって規制され、安全で子供の福祉も保障される環境が整うことを願っていることだ。

議連幹事長の秋野公造参議院議員(公明党)は、法律婚に限っている理由について、2020年に成立した「生殖補助医療法(生殖補助医療の提供及びこれにより出生した子の親子関係に関する民法の特例に関する法律、メディアでは民法特例法とも略されている)」は法律婚に限っているため、婚姻外のカップルでは精子提供者が父親になり、子供の法的な位置付けが不安定になるからと記者の取材に答えている。

そして、特定生殖補助医療法案を通した後に、親子関係の規定について改正も考えるという説明をしているが、これについて、長村さんは「とはいえ、それまでの期間、妊娠できる機会を奪われている女性が私の周りでもおり、その人たちの子供を持つ道が途絶える。そもそも婚姻以外のカップルが議題にも上がっていないのに、『次はまたそちらの法律に戻ってドナーが父にならない議論を始めましょう』と言われても、それが叶うのか」と、疑問を述べた。

また現状、規制法がないデメリットと、法律婚以外のカップルがこうした生殖補助医療が受けられなくデメリットについてはこう答えた。

「現状は(法律婚以外のカップルやシングルの女性は)グレーゾーンで医療にアクセスしている状況。情報を外に出さないという条件で治療を受けていることに不便は感じている。もっと堂々と治療を受けることができたら、どれだけ安心して通えるか。でも、法案が通れば(治療を受けることが)刑罰化されて、絶対にアクセスできなくなる。医療にアクセスすること自体が途絶える」

「でもどんな手段を取っても妊娠したい人はいると思うので、すでに見えているトラブルがもっと増えていくんだなと、一人の当事者として恐怖を感じている。法律が必要だと思うところと、どうしても法律の枠組みに入れないところがあって、何も言えなくなってしまう」

出自を知る権利については、法案では提供者のマイナンバーを国立成育医療研究センターが100年保管する体制を作ることが明記され、子供が提供者を追うための情報が国によって管理されることになる。

その一方で、提供者を特定するそうした情報は、提供者の了承が得られなければ開示されない規定になっており、「子供の出自を知る権利」のはずなのに提供者に主導権を持たせる形ともなっている。

これについて仙波さんは、「当事者によっても考え方はいろいろある。例えば情報を100年間保存する部分は多くの人が評価していて、早く中央で管理するようになってほしいという思いもある。ただ、今までの経緯を見ると、(法案が規定する)出自を知る権利については納得していない人が多い」と話す。

そして、「これがいったん固まってしまうと、(開示するかどうかは提供者に選択権があることが)変更にならないんじゃないかと不安に思っている人がいる。私たちの中でも結論は出ていない。そういった意味でも今の法案の内容を変えることが可能なのかどうなのかがわからない。訂正できる部分があるならば訂正してほしいという意見が結構ある」

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