広がりやすく、免疫から逃れやすい新型コロナの亜系統「JN.1」に警戒を 日本でも増え始めている感染者や入院者数
新型コロナウイルス感染症が季節性インフルエンザ並みの5類に移行して、初めての年末年始を迎えます。
新型コロナなどなくなったかのように過ごす人も多いですが、世界中で今、伝播しやすく、免疫から逃れやすい変異を起こした「JN.1」への置き換わりが進み、感染者が急増しています。
警戒を呼びかける京都大学大学院医学研究科教授の西浦博さんに取材しました。
新たな亜系統「JN.1」への警戒を呼びかける西浦博さん(撮影:岩永直子)
※インタビューは12月25日に行い、その時点の情報に基づいている。
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伝播性が上がり、免疫から逃れる力が強い「JN.1」
——先生が登場する時は、新型コロナが危険な状況になりかけている時です。最近また、感染者が増え始めていますね。
津波警報のような役割になっていますね(苦笑)。
今、流行を起こし始めているのが「JN.1」という新しい亜系統です。
西浦博さん提供
——オミクロンの中で起きている変異ですね。
そうです。最近まで、いわゆる「ピローラ」と呼ばれる「BA.2.86」という、従来のオミクロンとは遠縁の新系統が出てきていましたが、それの子孫に当たります。
ピローラのアミノ酸の一部が変化しただけなのに、一気に総合的な伝播性(人口内での広がりやすさ)が上がりました。「BA.2.86」は伝播性はそれほど高くなかったのですが、「JN.1」に変異してから粛々と増加を続け、かなり大きな流行をヨーロッパで起こしています。
「JN.1」の特徴は今、北京大学と東大医科研が争いながら解明しているところです。
ランセットの姉妹誌に載った北京大学の研究は、BA.5とXBBに感染した人の血清を使って、JN.1など後から出てきた亜系統に対して、どれだけ中和反応(免疫反応)が起こるのかを見たものです。
西浦博さん提供
つまりこれまで主流だったBA.5やXBBに感染した人の免疫が、新しい亜系統にどれだけ抵抗できるのかを見ています。
XBBに感染した人は、左端の赤いグラフのように同じXBBに対してものすごく強い免疫反応が起きるのですが、JN.1は一番右端です。つまりXBBやBA.5に感染した経験があっても、JN.1にはあまりその免疫が効かない。
JN.1は、免疫から逃れる力がかなり強いことがわかります。
——ではXBBをもとに作ったワクチンはあまり効かなそうなのでしょうか?
「中和反応」は、感染阻止と発病阻止にほぼ比例する関係があることがわかっています。仮にこれまでに予防接種や自然感染で免疫を得ていても、いま主流になりつつあるJN.1の感染や発病を防ぐ効果は落ちていると考えられます。
ただ、重症化予防については、これとは別に細胞性免疫などが関連するだろうと議論されています。ワクチンの重症化予防効果はある程度、維持されると考えられます。
感染者が増え始めている東京
——日本でも、このJN.1に置き換わりつつあるのですね。
JN.1の流行が日本でどれぐらい起きているのかですが、こちらは東京の定点調査のデータです。
西浦博さん提供
第8波と第9波を並べて表示すると8波の方が大きく見えますが、実際は第9波の方が感染者数は多かったと私たちは水面下の分析で推定しています。第9波では頻繁に検査が行われたわけではないので、実際は第9波の方が大きな波でした。
その大きな波が長く続いてやっと11月の初旬ぐらいに終わったのですが、同月の最終週までにまた上がり始めたところです。
右側のグラフは、私たちが推定している週あたりの感染者の数です。東京都では12月4 日から10日の週で2万3900人ぐらいなので、1日あたりに直したら3400人ぐらいです。愛知は830人、大阪は1000人ぐらいですね。
2021年頃だったら、1日の新規陽性者数が3000人になったら「すごい数だな」と驚かれていましたが、今はこの感染状況で普通の社会生活を営んでいます。それくらい、予防接種や自然感染で免疫を得ることを通じて、重症化リスクが落ちた恩恵を受けているわけです。
20代から50代で増加 流行スタート?
この感染症の問題は、感染者が増えてきて医療が逼迫することです。
感染者の年齢分布がどう上がっているのか、東京都が先週の金曜日(12月22日)に公表したデータがこちらです。
東京都のデータ(西浦博さん提供)
10代では頭を打っている状態が続いていますが、20代、30代、40代、50代あたりは右肩上がりになっています。忘年会などが関係ありそうです。流行の最初は、活動性が高い20代から50代が増えるこれまでの傾向と同様の動きを示しています。
それを追いかけて高齢者でも少しずつ上がってきています。
これから大変になってくるんだなと医療関係者は肌で感じているところだと思います。
大阪の全数報告でも増加 病床に強い影響も
こちらは大阪府医師会の努力を通じて収集を続けている全数報告のデータです。
西浦博さん提供
定点調査だとわかりにくくなるところがあるので、全数報告をしばらく続けていただいているのは大変ありがたいところです。
大阪府の医師会に所属している先生に報告された感染者の実数がオレンジの棒グラフで、左の縦軸です。右の縦軸は、医療機関あたりどれぐらいの報告数で推移しているか灰色の折れ線グラフで示しています。
季節性インフルエンザの場合、医療機関あたり1を超えると注意報に相当するアラートが出てきますが、新型コロナも今週は1 を超えていると思います。
——インフルエンザと比べて、新型コロナが1を超えるインパクトはどんなものでしょうか?
病床に対するインパクトは、インフルエンザよりもコロナの方が大きくなります。
インフルエンザの場合は、外来にかかる患者層は子供中心で若い人も多いです。その人たちが直接的に病床に影響を与えることは少ない。
一方で、コロナの場合は、受診する層や流行が起こる場の利用者がインフルエンザよりも幅広いです。20代から50代がいて、かつ60代以上が感染すると危険な状態になって受診されることも多い。直接的に入院に影響してきます。
インフルエンザと同時流行?
——インフルエンザも流行していますね。
インフルエンザも同時に流行しているのが、今回のコロナの流行の難しいところです。こちらも大阪府医師会の全数報告のデータです。
西浦博さん提供
1回患者数が減ったように見えますよね?
11月の時も1回上がったのが落ちたように見えた時がありました。でも接触する機会があるとまた増えました。インフルエンザも一筋縄ではいきません。
十分に減らないまま、冬休みを超えると増えやすい時期になるので、減ったかどうか判断するのはまだ早すぎます。
コロナと同時に流行が起きることを、2020年や21年に心配していたのですが、その時恐れていた同時流行が今まさに起こりそうな状況になりつつあります。
——インフルエンザは帰省の時期は増えるのでしょうか?それとも学校が休みだから減りそうでしょうか?
従来の季節性インフルエンザだと、1月の前半に患者数の報告が一度減る傾向がありました。患者は高校生ぐらいまでの若い人が中心なので、学校が冬休みになると一過性に1月の前半だけ減ります。
でも学校が始まるとそこからまた増えてきます。問題は1月後半から2月にかけてピークになるわけですが、その頃は入試シーズンでみんながピリピリし始める頃にピークの時期がくることなんです。だからインフルエンザもまだ楽観視できません。
入院患者数も増加へ
——医療が逼迫するのが心配です。
コロナの被害規模を最小限に抑えるためにも、入院と救急をしっかり見ていくのが大切です。こちらが東京都の入院患者数のデータです。
西浦博さん提供
やはり増加が始まっています。前の流行を見ても同様の傾向があるのですが、一定のレベルまで減っても、そこから減り切らないのが問題です。下がり切らないうちに、また立ち上がってくる。
コロナを受け入れている最前線は「また上がってきたな」と肌で感じ始めていると思います。
JN.1が急激に置き換わり
その背景として、JN.1系統をBA.2.86と合わせると4分の1ぐらいを占めるぐらいに置き換わってきていることがあります。
こちらは東京都のゲノム解析のデータです。
西浦博さん提供
その中でもJN.1が4%ぐらいから、今週は17%ぐらいに一気に増えています。皮肉ではありますが久々に「きれいな」置き換わりが起こっていて、それに合わせて感染者が増えているのは間違いなさそうです。
西浦博さん提供
こちらは全国のゲノム解析のデータです。ここでもJN.1がジャンプアップするように一気に増えています。
XBBの残党たちもまだ結構残っていますが、それを凌駕するスピードでJN.1は増えています。
ここまでのデータでは、日本でJN.1が広がっていて次の流行はこれによって起きそうだなということまでしかわかりません。
しかし、国際的な流行状況を見ると、ほぼコロナは忘れ去られた状態で過ごしている年末年始に入る日本とはかなり違う状況になってきています。
次に海外の現状を見てみましょう。
(続く)
【西浦博(にしうら・ひろし)】京都大学大学院医学研究科教授
2002年、宮崎医科大学医学部卒業。ロンドン大学、チュービンゲン大学、ユトレヒト大学博士研究員、香港大学助理教授、東京大学准教授、北海道大学教授などを経て、2020年8月から現職。
専門は、理論疫学。厚生労働省新型コロナウイルスクラスター対策班で流行データ分析に取り組み、現在も新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードなどでデータ分析をしている。
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