ダルク入所者の薬物使用 その逮捕、報道は適切か?

薬物依存症からの回復施設で覚醒剤を使用していたとして入所者が逮捕された事件。依存症の専門家や回復支援団体が抗議をしています。何が問題なのか、関係者に取材しました。
岩永直子 2024.05.15
誰でも

薬物依存症からの回復支援施設「木津川ダルク」(京都府木津川市)の入所者3人が、施設で覚醒剤を使ったとして、京都府警木津署が5月8日に逮捕した事件を、マスメディアが一斉に報道し、毎日新聞、産経新聞などは実名も報道した。

初犯で、任意の尿検査の求めにも素直に応じ、施設長が「出頭させる」と警察側に伝えたのに、警察は「逮捕するので出頭は不要」と身柄拘束に踏み切った。

警察は、捜査に協力的で証拠隠滅や逃亡の恐れもない容疑者を逮捕する必要性があったのか。

また、ダルクでは回復できないような印象を世間に与え、社会復帰を阻害する実名報道は適切だったのか。

専門家や依存症者の支援団体からは抗議の声が上がっている。

関係者を取材した。

容疑者の実名と共に逮捕を報じた産経新聞(ぼかしを入れています)

容疑者の実名と共に逮捕を報じた産経新聞(ぼかしを入れています)

※岩永直子が編集長を務める依存症専門のオンラインメディア「Addiction Report」に掲載された記事を転載しています。

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ダルク施設長が「出頭させる」と告げたのに……

逮捕されたのは、同ダルクに入所していた3人。報道によると、3月半ば、ダルクやその周辺で覚醒剤を使用した容疑で木津署に逮捕され、いずれも容疑を認めている。

加藤武士施設長によると、ダルクは入所者の金銭管理をしているが、3人を含む複数の入所者は、本来、直接手にするはずのないまとまった現金を手に入れ、覚醒剤を買って使用。うち一人が3月に先に覚醒剤取締法違反の容疑で逮捕され、この容疑者の証言から3人が浮上し、同署から任意での尿検査を求められた。

加藤施設長が3人に対して「尿検査したいと警察に言われたけれどどうする?」と尋ねたところ、3人とも「検査します」と捜査に協力。その後、逮捕まで3人は再使用からの回復を目指すプログラムを施設で受けながら過ごしていた。

逮捕前日の7日、加藤施設長は、尿検査で陽性を確認した警察から「明日、施設に逮捕に行きます」と連絡を受けた。

加藤施設長は「施設での逮捕はやめてほしい。こちらから出頭させるから逮捕しなくてもいいのではないか」と返したが、警察は「こちらのやり方でやる」と突っぱねたという。「全員協力しているし、証拠物も任意で提出して全面協力しているので、(拘束せず)在宅で調べたらいいのではないか」との思いも伝わることはなかった。

実名での報道も 「回復を阻害する恐れ」

木津署は8日朝7時40分頃、ダルクで入所者3人を逮捕。その4時間後には、朝日新聞が「『ダルク』施設内で覚醒剤使用か 容疑の男3人を逮捕 京都・木津川」とする記事を配信した。

産経新聞や毎日新聞は3人の実名入りで報じた。

加藤施設長は「出頭させると言ったのに逮捕し、新聞記者は前日から京都ダルクを取材している。記事を書かせるために捜査関係者から情報が流出していたことが考えられる。記者も警察の言う通りに書き、実名まで出しているメディアもある。あまりにも回復を目指している入所者への配慮がない」と語る。

実名報道した産経新聞社には抗議の電話も入れたが、「担当部署には伝えるが、どうするかは報道機関の裁量だ」と告げられたという。

加藤施設長は、この逮捕報道で今後決まっていた講演もいくつかキャンセルになったといい、イメージダウンの影響は計り知れないとも言う。

「警察や記者はダルクで良くなった人と会ったことがないので、常にダルクに悪い印象を持っている。回復の途上で再使用してしまうことはある。糖尿病の患者が治療を受けながら、甘いものを食べてしまうのと同じだ」

そしてこう訴える。

「実名で報道されれば、罪を償った後もネット空間に記録が残り、部屋も貸してもらえなくなる。こうやって騒ぎ立てることの方が、彼らを社会から排除し、回復を阻害することをわかってほしい」

薬物依存症の専門家「世間に与える影響を考えて書いているのか?」

松本俊彦・国立精神・神経医療研究センター薬物依存研究部長は、今回のダルクでの逮捕や報道を強く批判する。

そして、ダルクのような薬物依存症からの回復支援施設はもちろん、薬物依存症を治療する医療機関で同様の捜査が行われたら、採尿検査の依頼があっても断るだろうと話す。

「治療中なので治療が終わってからにしてくれとおそらく言うと思います。依存症の治療や回復支援で一番大切なのは、当事者が安心安全を感じられるかです。回復のプロセスには当然、再使用という失敗もあり得ます。それを尊重せずに警察の権力を見せつけるかのような捜査のあり方はいかがなものかと思いますし、そうした回復支援施設での逮捕を何の批判もなく記事にする記者もどうかと思います」

「生きづらさを抱えていたり、依存症自体が重かったりする人はそんな簡単には回復できません。逆に、回復している当事者を見ると、依存症のことや自分のことを深く理解しているのは、たくさんの失敗を経験してきた人です。そういうことを踏まえて記事にしているのか疑問です」

特に実名まで報じたメディアの姿勢を厳しく批判する。

「ルール違反を罰することは仕方ないかもしれません。しかし、回復を目指している人の将来を潰さないという配慮があってもいいのではないでしょうか? 薬物の逮捕で実名をさらされた人はデジタルタトゥーが残り、社会復帰が難しくなります。公益性があれば実名報道もやむを得ないでしょうが、回復途上の一般人の実名を晒すことにどのような公益性があるのでしょうか?そこまでの社会的制裁を与えるべき重い罪でしょうか?」

さらに、こうした報道が薬物問題に悩み、ダルクに助けを求める当事者や家族に悪影響を与えることを懸念する。

「もし『ダルク内での使用での逮捕』ということでニュースバリューがあると考えたなら、そのメディアはダルクでの回復支援に対して猛烈な悪意を持っていることになります。世間には『ダルクって悪の巣窟じゃん』という印象が広がるでしょうし、記者もそういう印象を与えることを予想したでしょう。そうなれば回復支援より罰するほうがいいよねという考えが広がり、今ダルクに通う当事者やそのご家族は世間からまた厳しい目で見られるでしょう」

「今、薬物問題を抱えていることに気づいた当事者も家族がダルクという選択肢を取りにくくなり、ダルクも地域で孤立して運営が難しくなるでしょう。ジャーナリストってそんなものでしょうか?ただ警察発表をそのまま垂れ流す文章書き屋になってどうするのか。自分の書いた記事がどういう影響を与えるのか考えて書くのがジャーナリストなのではないでしょうか?」

依存症支援団体は抗議声明

この逮捕や報道については、依存症の支援団体4団体が5月12日、共同で抗議の声明を発表した。

声明を出したのは、NPO法人全国薬物依存症者家族会連合会(略称やっかれん)、NPO法人 ASK(アルコール薬物問題全国市民協会)、公益社団法人 ギャンブル依存症問題を考える会、 NPO法人 全国ギャンブル依存症家族の会。

ダルクでの逮捕が多くのメディアで報道され、一部のメディアで容疑者の実名報道もあったことに触れた上で、こう訴える。

「ダルクは、依存症者が安心して回復できる場である必要があります。入寮者が逮捕されたことで、世間の人々は「ダルクは怖い!」と思ってしまうでしょう。住民の反対運動がますます強まる懸念がありますし、悩んでいる家族や当事者から相談しようという意欲をそぐことになってしまいます。また実名報道はデジタルタトゥーとなり、依存症者の将来を潰すだけで、なんの役にもたちません」

そして、依存症やダルクに対する社会の無理解や偏見に苦しんできたことを伝え、薬物報道ガイドラインを示しながら、こう締めくくっている。

「私たちは、ダルクや依存症者が、差別偏見にさらされることがない社会を望みます。この事件を契機に、依存症とダルクへの正しい理解が進むことを心から願い、依存症問題の正しい報道を求めるネットワークによる『薬物報道ガイドライン』を添えます。メディアは、逮捕される犯罪という印象だけでなく、回復可能な病気であるという事実をぜひ伝えていただきたいと思います」

逮捕した木津警察署「捜査は適切だった」

木津警察署、滝清基(たきすみはじむ)副署長にも取材した。

まず、尿検査や証拠物質の提供など任意の捜査協力に積極的に応じ、施設長が出頭を申し出るなど、逮捕要件である証拠隠滅や逃亡の恐れはなく、逮捕要件を満たしていなかったのではないかという問いについてはこう答えた。

「本件については、捜査機関により逮捕の必要性があると判断して、裁判官の厳格な審査の上、発布された逮捕状により逮捕を執行したものです」

ダルクの施設長が警察から求められた証拠の提出を行い、「出頭させる」と申し出て、在宅での捜査を求めたにもかかわらず「身柄拘束」するのは適切だったのかについては、「捜査中であることから、個別具体的な事項については回答を控えさせていただきます」と答えなかった。

初犯でしかも回復支援施設でプログラムを受けている最中の容疑者を実名で報道発表が不適切なのではないかという指摘については、「あくまでも個別具体の事案ごとに総合的に勘案して発表の適否を判断しております。本件については公表することに公益性があると判断したということです」と答えた。

回復を目指してプログラムを受け、捜査にも協力的な初犯の容疑者の実名を公表することになぜ「公益性」があると判断したのか、さらに質問したところ、「逮捕した被疑者の氏名については原則実名公表しています。少年や特異な案件については別ですが、その氏名が報道されたことについては報道各社の判断になる。そちらにご確認いただきたい」と、報道の責任とした。

ただ、警察発表は、身内の警察官の不祥事など、報道各社が求めても実名が公表されないことが多々ある。実名を公表するかどうかの基準は明確でない。

実名報道した産経「社内基準に照らして報道」、毎日「実名報道は妥当」

では、新聞社はなぜこういう記事を書いたのか? 

実名報道した産経新聞社、毎日新聞社に以下の5つの質問を送った。

1.初犯で、任意の尿検査にも積極的に応じ、その後も回復支援施設でプログラムを受けて回復を目指している3容疑者について、実名報道をすべきだと考えた理由を教えてください。

2.薬物事件の容疑者は実名報道をされることで、デジタルタトゥーが残り、罪を償った後も仕事に就けない、アパートを借りられないなど、社会復帰が難しい状況に陥ります。この実名報道が容疑者のその後の人生に与える影響についてどのようにお考えか教えてください。

3.以上の質問を踏まえ、初犯の自己使用でその後の人生にも大きな影響を与えるであろう実名報道は適切だったかどうか、お答えください。適切だったとお考えであるならば、今後も同様の事件で同じように実名報道をされるおつもりかも教えてください。逆に適切でなかったとお考えならば、今後どのような対応を取られるのかも教えてください。

4.さらに今回の報道では、ダルクでは薬物依存症は回復できないという悪印象を読者に与え、ダルクに繋がろうとしていた薬物使用者の選択肢を狭めさせ、地域で孤立させると専門家は指摘しています。この指摘(ダルクの運営に報道が与える影響)についての御社のご見解を教えてください。

5.薬物依存症は回復途上でも再使用を繰り返すことがあり、専門家や回復支援者はそれを織り込み済みで支援に当たっています。そうした常識を把握した上で、この記事を書いたのか教えてください。見出しからすると、薬物依存症の回復支援施設で使用したことにニュースバリューを見出しているように見えますが、この事件の何に実名報道するほどのニュースバリューを見出したのか、御社のご見解を教えてください。

産経新聞社広報部が5つの質問にまとめて回答した言葉は、これだ。

「社内基準に照らし報道しています」

実名報道した毎日新聞(ぼかしを入れています)

実名報道した毎日新聞(ぼかしを入れています)

毎日新聞社長室広報ユニットも5つの質問に一括して回答。回復支援施設で覚醒剤を使ったことを重く捉え、実名での報道が妥当だと判断したことを回答した。回答全文は以下の通り。

「報道の内容は京都府警の発表に基づくものです。今回の事件は、薬物問題の深刻さや回復の難しさなどを広く伝えるためにも報道する必要があると判断しました。また、薬物依存症からの回復を支援する施設などで覚醒剤が使われた疑いがあることから、実名での報道が妥当だと考えました。

 なお、毎日新聞は薬物問題を巡り、さまざまな角度から報道を続けています。薬物依存症からの回復を目指しておられる方々や支援されている方々への理解が広がるような取材・報道についても、引き続き、真摯に取り組んで参ります」

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