HIV感染を薬で予防する「PrEP(プレップ)」、日本でも当たり前の選択肢に 関連5団体が署名活動
HIV感染を薬で予防する方法「PrEP(プレップ)」を日本でも当たり前の選択肢にしようと、性の健康に取り組む5団体が、署名キャンペーン「SAPプロジェクト(Safe Access to PrEP)」を始めた。
12月1日の世界エイズデーに厚生労働大臣や製薬会社に提出する。
先進国ではコンドームなどと共に、一般的なHIV感染予防法となっているPrEP。
なぜ今、このキャンペーンを始めたのか、企画した3団体の代表に取材した。
HIV感染を薬で予防する方法「PrEP」を普及させるための署名キャンペーンを始めたakta代表の岩橋恒太さん(左)、#なんでないのプロジェクト代表の福田和子さん(中央)、ぷれいす東京代表の生島嗣さん(右)(撮影・岩永直子)
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今年8月に国内で初めて薬事承認
まずPrEPをめぐる日本国内の状況をおさらいしよう。
PrEPは毎日1錠ずつ飲んで、いつ性行為を行なってもいいように備える方法(デイリーPrEP)と、性行為の前後に飲む方法(オンデマンドPrEP)がある。
きちんと薬を飲み続ければ高い感染予防効果があることが明らかになっており、日本で国立国際医療研究センターが男性とセックスする男性124人を対象にデイリーPrEPを使用してもらった試験では、2年間で一人もHIV感染者は出なかった。
2021年までに144ヶ国がPrEPを国内のHIV対策に採用し、世界では当たり前のように使われている予防法だが、日本では承認が遅れていた。
今回、PrEPとしての使用が承認されたツルバダ(撮影・岩永直子)
日本エイズ学会が早期承認を求める要望書を国に2回出し、2023年8月、HIV啓発に関わる市民団体「GAP6」がPrEPの早期普及を盛り込んだ要望書を提出。これを受けて、ようやく今年8月、エイズ治療薬に使われているツルバダが、デイリーPrEPとして国内で初めて薬事承認された。
価格の高さとアクセスの悪さが課題
ところが、日本の健康保険制度では原則、予防医療に保険は適用されない。販売価格は1錠2442.4円で、検査費用も合わせると、自由診療で1ヶ月の自己負担額は8〜9万円ぐらいに上る計算となる。
PrEP in Japanの調査によれば、7割の人がPrEPによるHIV感染予防を希望しているが、半分以上の人が、「1か月最大いくらまでなら払いますか?」という質問に、5000円未満と回答している。
実際、これまで個人輸入でジェネリック(後発医薬品)を使っていた人は月額5000〜6000円ぐらいで済んでいた。せっかく薬事承認されても、海外から輸入するジェネリックの流通を認めない動きが出てくると、金額の問題で使えない人が出てくる可能性がある。
また、ツルバダの代表的な副作用として腎機能の低下や骨密度が減ること、吐き気、下痢などの消化器症状があるほか、万が一、HIVに感染しているのに飲むと抗ウイルス薬に耐性ができる問題がある。HIV以外の性感染症も防げないので、定期的に腎機能やHIV、性感染症やB型・C型肝炎ウイルスなどの検査を受けながら使うことが日本エイズ学会の手引書でも推奨されている。
しかし、そもそも日本ではPrEPについてよく知らない医師も多く、取り扱う医療機関もまだ少ない。使いたくてもアクセスが制限されている状況にある。
使いたい人が安心して使える当たり前の選択肢にするために、国や製薬会社に改善を働きかけようと、市民団体5団体が立ち上がった。
ぷれいす東京代表の生島嗣さんは、「せっかく高い効果のある予防の手段が承認されても、このままでは使える人が限られてしまいます。国だけでなく、製薬会社など全方面に働きかけようと考えました」という。
安心安全なアクセス、入手しやすい価格、医療者への啓発
署名活動を企画したのは、HIV/エイズに関する調査・研究、情報発信を行う「ぷれいす東京」、HIV/エイズに関する情報発信を行うakta、性や生殖に関する環境改善を目指す「#なんでないのプロジェクト」「ピルコン」、精神疾患や発達障害を抱えるLGBTQのための自助グループ「カラフル@はーと」の5団体。
PrEPというと、MSM(Men who have Sex with Men 男性とセックスする男性)だけが使うものと思われがちだが、女性でも感染リスクが高いとされる場合には、使われるようになってきている。日本エイズ学会の手引書も、ジェンダーやセクシュアリティ関係なく全ての人を対象としているため、主に女性の性の健康に取り組む団体にも参加してもらった。
「#なんでないのプロジェクト」代表の福田和子さんは参加した動機についてこう話す。
「包括的性教育(※)の中でも学ぶべき内容の一つとしてPrEPは出てくるのですが、日本ではアクセスしづらい。タイのセックスワーカー支援団体を視察した際も、無料で配布しているとのことでした。みんなが必要な手段として、あって当然のものが日本にはない。PrEPに限らず性の健康のケアが置き去りになっているのが日本の特色で、私たちも改善のために動かなければと思いました」
「PrEPは必要な全てのひとに、あって当然なもの」と話す福田和子さん(撮影・岩永直子)
※身体的な性教育だけでなく、ジェンダー不平等や社会規範など性や生殖に関する健康について幅広く学び、自己決定できるようにする性教育。
薬が承認された8月28日から始めた署名活動では以下の3点を要望している。
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PrEPへの安心・安全なアクセスの実現
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経済的に厳しくても入手できる価格に
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医療従事者、支援者を含め、すべての人が正しいPrEPの知識を得られる啓発・情報発信
具体的には、これまで個人輸入できていた安いジェネリックを今後も買えるようにすることや、低所得の人でも使えるよう支援制度や研究枠などを設けることなどが考えられるという。海外では経済的に貧しい人のために無料クーポン券が配られたり、民間団体が無料で薬を配布したりする支援がある。
またこうした新たな予防手段が取れるようになったことを医療従事者に周知し、安全・安心な処方や定期検査がどこでもできるよう教育や啓発も国が責任を持って行うことを求めている。
PrEPで他の感染症予防がおざなりになる?
一方、PrEP導入に反対する意見として「コンドームをつけなくなって、他の性感染症予防がおざなりになる」という声が根強くある。
これについて、akta代表の岩橋恒太さんは「確かに短期的に見るとコンドーム使用が減ることが過去の海外の事例でも見えています。ただ、PrEPは定期的な検査とセットになっているので、長期的に見ると、性感染症の早期発見や治療につながります」と反論する。
akta代表の岩橋恒太さん(撮影・岩永直子)
厚生労働科学研究で行なった「セックスライフとPrEPについてのアンケート調査」(2022年2月)では、これまでHIV検査を受けた人68.6%の中で、PrEPについて知っている人の割合が知らない人よりも多かった。
「PrEPが広まることで検査機会は確実に増えます。これまで受けていなかった人でも『PrEPを飲みたいから検査を受ける』と考える人も増えて、そこで陽性が分かる人も出てくるでしょう」と調査に関わった生島さんも語る。
また、費用助成の必要性を訴えると、「HIVはMSMに感染が集中しているのに、なぜその性感染症のコストを社会全体で負担しなければならないのか」という批判が上がることがある。
これについて岩橋さんは、「まずPrEPはMSMだけのものではありません。そして、性の健康を社会で守るのは人権を守る意味でも重要なことです」と指摘する。
そして、「費用対効果の面でも、PrEPを使う方が社会の経済的負担を減らす可能性が高い」と岩橋さんは訴える。
「日本でも有名な研究が二つ(Cost-effectiveness analysis of HIV pre-exposure prophylaxis in Japan、Evaluating the cost-effectiveness of a pre-exposure prophylaxis program for HIV prevention for men who have sex with men in Japan)出ています」
HIVに感染すると、感染した年齢にもよるものの平均の生涯医療費は1億円と言われている。公費で負担しているのが現状だ。
「PrEPで予防するコストとHIVに感染した人の治療費を社会で支えていくコストを比べたときに、PrEPの方が費用対効果が高いことが明らかになっています。PrEPで感染しない方に投資することは合理的で、社会にとっても経済的なプラスがあります」
生島さんも言う。
「PrEPは全額公費で支えろと言っているわけではなく、一部助成してアクセスを良くしたいと言っているわけです。しかもそれによって社会全体のコストは減る。所得によって選べる手段が違うのは人権上、あるまじき状態です」
弱い人を守ることで、全体の利益に
HIVはB型肝炎ウイルスやC型肝炎ウイルスなどと比べても感染力の弱いウイルスだ。だが、米国CDC(米国疾病管理予防センター)のHIV感染と行為の関連を示した資料によると、身体のどの部位を使って性行為をするかで感染する効率が高くなるかを調べた研究では、肛門やペニスが最も感染率が高かった。
生島さんは言う。
「それをMSMの自己責任として放置していいのかは、ちゃんと議論した方がいい」
「アメリカで1980年代のエイズパニックの時、共和党のキリスト教右派たちが『ゲイが勝手にやったフリーセックスに対して公費を投じるのはおかしい。神の罰だ』と突っぱねたことで、膨大な感染拡大が起きました」
「新興感染症は、社会の最も弱い人たちに起きたことを早期に封じ込めないとどんどん広がっていきます。そういう歴史を見ても、感染した人を早期に封じ込めることは、社会防衛上も全体の利益につながると思います」
生島さんの行なった調査では、PrEPを使う動機として最も多かったのは「相手に頼らず感染予防をしたいから」という理由だった。
「二人でセックスする時に、どちらがその場をコントロールしているか強弱の関係が生まれることがあります。相手が感染予防してくれない、という困りごとは男女間でもある。そのようなカップル間で受け身の立場にいる人が自分で安全性を高める強力な手段を確保することが大事です」
「それを社会が理解して、お金を投じることがあってもいいのではないか。避妊のためのピルや緊急避妊薬とも通じる課題です」
署名は世界エイズデーに厚労相や製薬会社に提出
署名活動は11月いっぱいまで続け、万単位の数を集めることを目指す。
世界エイズデーの12月1日に、厚生労働大臣の他、PrEPに使う薬を製造・販売するギリアド・サイエンシズ 日本法人社長、 ヴィーブヘルスケア日本法人社長、MSD株式会社社長、 マイラン製薬日本法人社長に提出する予定だ。
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