再び振り出しに戻るのか? 世界中が注視する新型コロナの新たな変異株「BA.2.86」の登場
新型コロナウイルス感染症で、過去最大の波になりそうな第9波の流行。
5類移行での緩和がなかったらここまでの規模にはならなかったと指摘する西浦さんは、政府や行政のあいまいな緩和手法の検証が必要だと語ります。
さらに、世界では新たな系統のウイルス「BA.2.86」の登場に戦々恐々としているところです。
前編に引き続き、京都大学大学院医学研究科教授の理論疫学者、西浦博さんに最新情報を聞きました。
新たな系統のウイルス「BA.2.86」を注視する西浦博さん
※インタビューは9月2日午前中に行い、その時点での情報に基づいている。
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緩和がなければここまで大きな流行にならなかった
——過去最大の流行で救急も逼迫しているのに、国民にはそれがなかなか知らされない状況です。対策しようにも現状が把握できないのは怖いですね。
XBBやエリス(EG.5)で今の流行は起き、ダラダラと患者数が増えていますよね。実は他の国でも同じようなダラダラとしたペースで増えていました。
その背景として、実は、XBBやそれと共存して増えているウイルスの伝播性(人にうつる性質)はそれほど高くはなさそうなことが挙げられます。これまでに増えたBA.2やBA.5と比して、XBBはどんな人口レベルの免疫状態でもダラダラと増えてきたことから明らかです。
英国ではXBB.1.5の流行はすごく小さいものになり、入院者数も減りました。人口の大部分が獲得免疫を持つ中で、大規模な流行を起こすには伝播性が十分でなかったわけです。
日本でも5類への移行で接触が多くなるタイミングでなかったら、第9波の流行はこんなに大きくならなかっただろうと考えられます。
日本では免疫を持っていない人がたくさんいる中で緩和をしました。それに伴って、接触が増えたり、マスクの着用をなくしたり、色々な対策をなくしました。
そうなると、同じウイルスの流行でも、実効再生産数(一人あたりの二次感染者数の平均)はこれまでよりも押し上げられることになり、結果として流行が拡大して感染者数が増えます。
XBBのような伝播性の低いウイルスなら、接触にさえ気をつけながら緩和が進められていれば、もっと早くに頭打ちになっていたかもしれません。でも、現実に起こった接触の増加や脱マスクなどを通じて、ここまで引きずることになったと考えられます。
モニタリング停止、病床調整の現場への丸投げ、検証が必要
——政策の影響ですね。
これは、ちゃんと振り返っておかなければいけないところだと思います。国のリスク評価対応の会議や専門家の集まりが現状では開催されないので、つぶやくことくらいしかできなくなっていました。詳しく説明しましょう。
重要なことが2点あります。
まず一つ目は、ここまで流行が大きくなるのだったら、流行の現状を把握するモニタリングのシステムを残しておくべきだったということです。
僕はこの流行の前に「ここまで流行は大きくなるよ」と示したはずです。接触が増えると流行が大きくなることがわかっていたなら、モニタリングをしておいた方が良かった。
もちろん、第7波の途中から保健所は全数調査を続けることができなくなりました。だったら、保健所や臨時のアルバイトの方に入力の手間を必要としないような全数調査をどうして作る努力を事前にしてこなかったのか。
緩和という選択の結果、状況がどうなるのか理解しながら緩和が進んだ方が、蓋をして目に見えないようにして緩和するよりも、どんな意見を持つ人もスッキリしたと思います。情報がきめ細やかに提供されないことに原因がある今のニュースの減り方を見てもそれを実感しています。
結局は推定感染者数や推定死亡者数は様々な手法をもって事後的に出されるわけですから、見えないようにしてリスク対応する、というのはこの国が本当に心配になるやり方でした。よくよく考えると5類感染症に全数把握対象の病気は結構あります。
二つ目は、政治だけでなく、厚労省など実務の人たちの責任でもあると思っていますが、病床の対応をなぜ自治体任せにして5類の緩和に突っ込んだのか。これも振り返るべきだと思います。
この後、おそらく第8波を超えて最大の数の方が亡くなる可能性が十分にあると思います。5類になるとコロナを受け入れる病床数が減るし、流行のピークに入院先を見つけるのが大変になることは分かりきっていたことです。それなのに何も手を打っていなかったのです。
東京都では今も都が入院調整をやり続けています。長野県では保健所が入院調整を再開しました。でもそういう自治体は少ないです。
一方、沖縄が第9波当初に大変だったのは、病院間で連絡しあって入院先を探していたからです。
この入院調整をどうしたらいいのか、ヒントぐらい国は出すべきでした。沖縄ぐらいの入院逼迫が生じることはリスク評価上、想定されていました。その時に受け入れをお願いする体制や、入院待機ステーションの作り方、機動的に行うための準備の仕方など、中央から事前に支援することはできたはずです。
それなのに、ただ単に蓋をするようにデータを取るのも止めて、病床の調整も医療現場にお任せにしてしまった。そして5類の緩和に突っ込んだ。
誰も意図的に国民が死んでもいいと思っているはずがありませんが、移行期間に必要な対応がされていなかったと思います。その結果として起こったことを検証もなく素通りするのは良くありません。
今は9波のピークを迎えようとしている時点であり、まだ遅くないところもあるので、見直し可能な点は見直すべきだと思います。
不作為の罪? 国民に目隠しをして最大の流行へ
——こうなることはわかっていたのに手を打たなかった不作為の罪が、政治や行政にはあるという意味でしょうか?
不作為の罪というか、政治が緩和したがっていることを官僚の人たちは読んでいて現状の問題が起こったと考えています。特に、社会活動を活性化する狙いがあったと思われますが、その方向に進めるための雰囲気作りが必要になっていました。
だから、医療逼迫が起きることがわかっていても、詳細のモニタリングを準備したり、病床に細かな仕掛けを残したりは、しにくかったのだと思います。
でも少なくとも、コロナの流行によって人が死ぬメカニズムもだんだんわかってきて、前半部で紹介してきたようなメカニズムは共有されてきています。
その中で被害の規模が小さくなるような手当は、多少無理をしても打っておくべきだったのではないか。なかなかそれができなかったのは、この国の現状のやり方の厳しい点ではないでしょうか?
これを言って僕は何の得もしません。
ですが、これは厚労省がやっていいことだったのか、倫理的問題さえ感じています。ここで明らかにしておかないと、未来に改善を期待することは難しく、未来を担う皆さんに怒られる。だから、あえてここで明確に主張させていただきます。
新たな脅威?「BA.2.86」
——西日本のように東日本も徐々に収まっていけばいいのですが、新たな脅威も見えてきているようですね。
目の前の流行の大きさとかEG.5の置き換え問題に必死になりがちですが、リスク評価として大きな新しいことが起きていることに注目すべきです。
それがBA.2の子孫の1つである「BA.2.86」という新しい亜系統の登場です。亜系統というよりも、これは新しいウイルス、新しい変異株と言ってよいかもしれません。
世界中で登録されている「BA.2.86」の遺伝子配列(西浦博さん提供)
実を言うと、まだ世界で31例しか確認されていません。しかし、世界4つの大陸で既に見られ、その中には日本からの感染者が渡航してアメリカの空港で発見された1例も含まれます。
世界で31例しか見られないのになぜこれほど注目されているかというと、BA.2と比べ、ウイルスの表面にあって人の細胞に侵入する時に結びつくスパイクタンパク質に33か所以上の変異があるからです。
この変異の数の多さは異常です。オミクロン株が登場した時もそのように言われていました。オミクロン株はデルタ株と相当違うと。
言わば、免疫の特徴を決める部分がかなり変化しているウイルスが出てきたわけです。オミクロン株が出てきた時と同じぐらい警戒すべき情報にあたります。結構まずい、危機管理問題なのですが、日本ではまだあまり知られていません。
これまでの亜系統とはかなり違うウイルス
——スパイクタンパク質にたくさん変化があるということは、それと結びついて働くこれまでのワクチンが効かなくなる可能性があるわけですか?
その通りです。この新たなウイルスについては、北京大学のカオ先生が既に速報の形で研究成果を公開してくれています。
既存のウイルスとどれぐらい抗原性の性質に近さがあるか、見える化したカトグラフィーというグラフ。BA.2.86はこれまでの亜系統とはかなり離れている
これは「カトグラフィー」という図です。遺伝子の配列から想像される「免疫距離」を、二次元上に視覚化したものです。ワクチンや感染したことによる免疫が、どれぐらい既存のウイルスと離れているのか投影しているというわけです。
2次元上の距離が近ければ近いほど性質も近いウイルスであることを表しています。つまり近ければ近いほど、ワクチンも効きやすい。
左上の「D614G」は武漢で流行ったウイルスから派生した変異株です。その近くにある亜系統を含め、少し変異があっても武漢株を利用して作成したワクチンは発病阻止に効いていました。
「BA〜」「BQ〜」はオミクロン株です。互いに近いですよね。
また、XBBは組み換え体で、既存のオミクロン株と比べて少し離れていて免疫から逃げる傾向にありました。XBB同士は近くてエリス(EG.5)も近いので、例えば今年9月に始まるXBB.1.5含有ワクチンもEG.5にも発病阻止に効くと考えられていました。
しかし「BA.2.86」は遠いです。基本的には違うウイルスと捉えてもいいくらいです。オミクロン株の亜系統として名前をつけることが適切かどうかも議論されるのでしょう。
免疫から逃れる力は強いが、感染力は低そう
「免疫逃避性」という、免疫から逃れる力が強いことも速報で出ています。XBBとBA.5で感作して(刺激して)できた中和抗体による反応が、BA.2.86も含む最近の亜系統でどれぐらいあるか見たのが、下のグラフです。
BA.2.86は他の亜系統では効いた液性免疫が効きにくい(西浦博さん提供)
BA.2.86は右端ですが、最近の亜系統と比べると反応が弱い。中和反応が効きにくいということを意味しています。
つまり、XBBやBA.5で作ったワクチンや自然感染で獲得した免疫から逃れる可能性が結構高いことがわかっているのです。
一方、良いニュースもあります。
西浦博さん提供
これはそれぞれの亜系統が細胞に侵入して感染する力を比較したグラフです。BA.2.86はXBBやEG.5と比べて弱い。相対的に感染しやすさは低いのではないかと考えられます。
ただ、世界のあらゆる大陸で見られているということは、水面下で結構広がっているはずです。
——病原性(ウイルスが起こす病気の重さ)はどうでしょう?
おそらく、世界中の研究者たちが競って実験医学上で検討を始めていると思います。これからわかってくる要素の一つです。
ゲームチェンジが起きる可能性もわかっていた
これは英国の数学者のアレックス・セルビーさんが計算してくれたものですが、既に世界で31例が確認され、週当たりの増加率は41~86%ぐらいだと推計しています。
西浦博さん提供
こういった「振り出しに戻る」ような出来事が起こることはわかっていた話です。
これは僕が厚労省のアドバイザリーボードで示したグラフです。
西浦博さん提供
「オミクロン様イベント」と僕が呼んでいることが、どれぐらいの確率で起こるか計算したグラフです。
せっかく武漢株を利用したワクチン接種を多くの人が受けてデルタ株の流行が2021年後半に落ち着いたのに、オミクロン株が登場してゲームチェンジが起こりました。
そのようにゲームがガラリと変わるような特性の違うウイルスが出現する確率を計算しながら示してきました。
その結果、年間1回以上、オミクロン様のイベントが起きる確率は25%ぐらいであると報告してきました。残念ながら今回それが起きています。
これからどういうゲームチェンジがあるか。世界中の科学者がものすごく注目して見ている状況です。
イギリスでは、「ONSサーベイ」というボランティアに定期的に検査を受け続けてもらって、流行規模やウイルスの特徴を明らかにする調査をずっと行ってきました。緩和して、ONSサーベイをやめてから8ヶ月ぐらい経ってるのですが、BA.2.86が登場したことを受けて、なんと、調査の再開が決まりました。
——一度やめても、必要性があれば柔軟に再開する判断ができるのはさすが統計の国ですね。
再開して流行規模を明らかにするほか、ゲームチェンジの特性を疫学的に明らかにするという話です。「すごい!」と思いました。日本では「調査を再開する」なんて言ったら、おかしい人、と言われてしまいかねないくらいの社会の雰囲気があります。
海外では対策を引き締めている
BA.2.86の登場は、危機管理対応が必要な出来事です。もちろん、水面下で感染研の専門家を含めて連絡を取り合って、しっかり観察することになると思います。日本でも感染した人がいるということは、水面下では広がっている可能性が高いですから。
緩和の前に僕がさまざまなところで言った重要な問題の1つはこれです。危機管理が必要な出来事が起きたら、素早く柔軟に対策を切り替えられるよう準備をしておくべきだということです。
特別措置法をキャンセルして、いろいろな対策を法律の下で講じることができなくなりました。また、5類にして法律上で他の感染症と同様の扱いになりました。
いずれも緩和社会で歓迎すべきことですが、その切り換えは全く柔軟性がありそうではない。
今のところ、このウイルスに感染すると死にやすいとか伝播しやすいという情報はありません。
でも一気にゲームが変わって社会で悲惨な結末が起きることがないように、法律を柔軟に使えるようにしておくとか、どれぐらいの致死率になったら有無を言わさず法的取り扱いを元に戻すとか、事後批判に堪えられない泥縄にならないように事前に決めておくべきだとかなり主張しました。でも無視されました。
少なくとも「BA.2.86」は特命チームを組んで調査をしなければいけないウイルスと思われます。でも今のところ感染研の危機管理部門以外で、厚労省を含めた国が必死に対応をしている様子は見られません。そのことにも危機意識を強めているところです。
個人感染予防の推奨も何故か次第に骨抜きになっていますよね。マスクの着用も換気も、人と距離を取ることも、どんどん稀になってきて減っています。リスクに応じて推奨する・しないを判断する責任がどこにあるのか、危機管理が必要な出来事があった時のために明らかにしておいた方がいいと思います。
他の国はエリス(EG.5)で流行状況が変わり、「BA2.86」も出てきたので、コロナ対策の体制をガラリと変えてきています。アメリカは流行が厳しくなって、いくつかの都市で入院患者数が増えてきて困ったので、マスク着用を義務化したりしています。
日本は世界の中でガラパゴス化しています。脱マスクに強い政治的な意思も働いているので柔軟に対策を変えられません。個人の感染予防についても、他の国を多少見習って頑張った方がいいし、モニタリングについてもどうすべきか考えた方がいい。今の定点調査のデータではBA.2.86の正確なリスク評価はできません。
報道されないのは異常 そんな流行状況ではない
また、ここまでの医療逼迫の状況なのに、コロナの状況がニュースで報道されないのは異常だとSNSで呟きました。
これは国側・専門家側のほうに原因の一端があります。ニュースになりやすいデータの出し方を政府や我々がしていないことに大きな問題意識を持っています。少なくとも、日常的に質の高いデータ分析をしてリスク評価をする公的な手続きもありません。
最近、日本で唯一あったコロナ関係のニュースは「尾身先生退任」です(苦笑)。もちろん僕らもお疲れ様でしたとお礼を伝えていますが、今、メディアはそういうことを伝える時期ではない。そういう流行状況ではないはずです。
受診が必要な時のシミュレーションを
——最後に一般の方に呼びかけたいことを。
まず救急については、重症化するリスクの高い人は仮に感染したり、救急が必要になったりした場合、時間を争うのは肺炎や心筋梗塞、心不全などです。そんな病気になった時、どこだったら確実に診てもらえて、どういうことを伝えるべきなのかを再確認した方がいい。
無闇に我慢したり、諦めたりしたら、死亡が増えます。まず相談するのは「#7119」でしょうけれど、心臓病を病んだことがあるならば、それを必ず伝えるようにしなければいけません。どうするか、まず頭の中で、あるいは家族同士で、予行練習しておいた方がいいです。
また、今は一番感染リスクの高い時です。感染して発病すると今は診てもらいにくい状況にあるので、マスクなど個人でできる感染対策はできるだけしておいた方がいいです。
今のような流行のピークの時だけは、なるべく接触を避けた方がいいですし、どうしても外出する時は会う人の数を減らし、しかも時間を短くする。そして屋内なら必ずマスクを着用する。そういう基本的なところに立ち返っていただければと思います。
——秋から一般人の予防接種も始まります。今後のウイルスの動向次第でもしかしたら効きづらくなるかもしれませんが、どうしたらいいと思いますか?
これから使用されるのは、XBBを使って作ったワクチンです。それは少なくとも今増えている「エリス(EG.5)」には有効であることがわかっています。
この後「BA2.86」が置き換わっていくと、感染予防効果は限られてくると思います。
ただ、デルタ株からオミクロン株に置き変わった時も武漢株由来のワクチンには重症化予防効果はありましたよね。高齢の方と基礎疾患を持つ方々は免疫のアップデートをしておくことをお勧めします。
(終わり)
【西浦博(にしうら・ひろし)】京都大学大学院医学研究科教授
2002年、宮崎医科大学医学部卒業。ロンドン大学、チュービンゲン大学、ユトレヒト大学博士研究員、香港大学助理教授、東京大学准教授、北海道大学教授などを経て、2020年8月から現職。
専門は、理論疫学。厚生労働省新型コロナウイルスクラスター対策班で流行データ分析に取り組み、現在も新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードなどでデータ分析をしている。
以上、今回のニュースレターは西浦先生の新型コロナウイルス感染症の最新状況のインタビュー後編でした。データや報道がなくてもウイルスが消えるわけではありません。あなたやあなたの大事な人を守るためにも、流行している時は感染対策をしっかり行ってください。
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