新型コロナ過去最大の流行 「怖いのは救急逼迫と高齢者での広がり」

新型コロナウイルス感染症が5類相当になり、リアルタイムでデータを確認するのが難しくなっています。報道もめっきり減る中、実は今回、過去最高の流行規模になっています。理論疫学者、西浦博さんの最新分析を聞きました。
岩永直子 2023.09.03
誰でも

新型コロナウイルス感染症が5類相当になり、リアルタイムでデータを確認するのが難しくなっています。

マスクをつける人や検査を受ける人が減り、ほとんど報道もされない中、実は水面下で過去最大の流行規模になっているのをご存じでしょうか?救急は逼迫し、助かる命も助けられない局面を迎えています。

京都大学大学院医学研究科教授の理論疫学者、西浦博さんに最新の分析を取材しました。前後編の前編です。

西浦博さん

西浦博さん

※インタビューは9月2日午前中に行い、その時点での情報に基づいている。

***

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全国、東京で増加傾向は止まらず

——5類になってからデータも減ってきていますが、現状はどうなっているのでしょう?

皆さんの危機感がちょっと低くなっているのは、情報提供がないことが一つの原因なのではないかと思います。

新型コロナウイルス感染症の定点あたりの報告数(西浦博さん提供)

新型コロナウイルス感染症の定点あたりの報告数(西浦博さん提供)

これは9月1日に公表された、全国の定点医療機関からの患者報告数の推移です。依然として増加しています。

定点調査は約2週間前の感染状態を反映しているものですが、9月1日に発表したものは、だいたい盆明けの週にどうなったかを反映しています。お盆の時に1回減り、盆明けに増え始めて、その後も増え続けている状況です。

リアルタイムで直近のデータはモデルナ社など色々なところが出してくれていますが、それを見ても全国的にはまだ増加傾向にあります。

こちらは9月1日に発表された東京都のモニタリングデータです。東京都は継続的にモニタリング会議のフォーマットで資料を出しているので、国の雑なものを追い越して見やすいデータを出すようになっています。

東京都の定点医療機関あたりの患者報告数と60 最以上の患者報告数(西浦博さん提供)

東京都の定点医療機関あたりの患者報告数と60 最以上の患者報告数(西浦博さん提供)

上のグラフは東京都の定点医療機関あたりの患者報告数ですが、データ上、第8波のピークに近づいているのがわかります。

ただ、20〜60代のいわゆる「生産年齢人口」は著しく受診率や検査率が落ちています。感染していても検査をしないのでこの調査には反映されません。それを考えると、東京都で第8波のピークは既に超えていると思われます。

——検査率が落ちているのは、陽性になったら元気でも会社や学校を休まなければいけないからでしょうか?

それもありますし、5類になって検査が有料になっているので、検査してもいいことが全くないのだから、受けようという気持ちにはならないですよね。だから高齢者など脆弱な人が近くにいる生活をしていない限り、生産年齢で感染してもピンピンしている人は検査しないのです。

また、9波はじわじわゆっくり増加が続いてきました。流行期間が長いので、救急や医療、介護の現場は相当疲れています。

下のグラフは60歳以上のみの定点あたり患者数で、生産年齢の人たちに比べるとコロナへの感染を心配して受診しやすい年齢層にあたります。この年齢層では8波を既に超えているのがわかると思います。

過去最大の波になるだろうと予想はしていたのですが、残念ながらそうなっています。

北海道、東北も含めた東は増加、西は減少傾向

東京では再上昇してどこまで上がるかわからない状況で、東日本全体で増加傾向にあります。

その一方で西はおおむね減少局面に向かっているように見えます。

しかし、大阪府の医師会に所属する医師会員がその日に診断したコロナの患者さんを報告している集計データを見ると、直近は増えています。

大阪府医師会がモニタリングしているコロナの陽性患者数。直近は少し増えている。(西浦博さん提供)

大阪府医師会がモニタリングしているコロナの陽性患者数。直近は少し増えている。(西浦博さん提供)

関西では先週から新学期が始まっており、その影響があることが疑われます。

地理的に見ると、今は東北と北海道を含めた東日本で激しい流行になっています。一方で西日本は減少局面に見えます。

都道府県別の定点あたりの報告状況(西浦博さん提供)

都道府県別の定点あたりの報告状況(西浦博さん提供)

この地図で見ると、岐阜県でも多いです。

西日本では全体的に減少傾向にあるといっても、北陸や関西の遠隔地では燻っています。兵庫県の養父市で下水のモニタリング調査をしているのですが、山の中で若い人が多い自治体ではないのに今までに見たことのないような流行が起きています。

遠隔地でこれまで比較的に大規模流行から逃げ切ってきた地域でも、かなりの規模の流行が起きているのです。

新たな亜系統「EG.5(エリス)」が増加

もう一つの増加要因として、BA.2の子孫である新たな亜系統「EG.5(エリス)」への置き換わりが増えていることが挙げられます。

流行中の新型コロナウイルスをゲノム解析した東京都のデータ(西浦博さん提供)

流行中の新型コロナウイルスをゲノム解析した東京都のデータ(西浦博さん提供)

こちらは東京都のゲノム解析データで、8月7〜13日までの週の分析結果を出しています。棒グラフの一番下のピンクの部分がEG.5です。だんだん置き換わって増えています。これまで主流となってきたXBBと比べると、既存の免疫から逃れやすいことがわかっています。

——新型コロナは、いつまでも変異したウイルスが生まれ続けますね。

その通りで、これが一つの悩みの種です。

第9波はBA.5の子孫であるBQ.1から始まって、今も続いているBA.2.75も出てきました。その後、組み換え体と呼ばれるXBB.1.5がこの棒グラフの紫部分です。XBB.1.16が茶色部分です。その後、EG.5が出てきました。今の再上昇はEG.5の置き換えが原因の1つのようです。

少しずつ優位になるウイルスが水面下で3回、4回と置き換わりながら流行を起こしています。ウイルスは免疫から逃げながら進化し続けていて、ヒトも少しずつ獲得免疫を失いながら日々を過ごしています。

それらをきちんと観察データから把握しない限り、流行がどこまで大きくなるかを確実に捉えることはとても難しいです。

その一端を担うゲノム情報が東京都など一部地域でしか把握・公開されていないのは非常に厳しい状況です。

——国立感染症研究所もゲノム解析していますよね。

機会があるごとに公開してくれていますが、緩和が進む中、次第に小さい規模になりました。元々感染研ゲノムセンターが担ってきたゲノム解析は空港での入国時検査の陽性者などに力点を置いてきました。

後ほど詳しく話しますが、新たに登場した「BA.2.86」は、もはやオミクロンと違うと言っても過言でない新しい変異株です。そういうものを新たに捉える役割が感染研のゲノム解析の職務の1つですね。

新学期が始まった子供、高齢者で増えている

——年齢層別の感染状況はどうなのでしょうか?

9月1日発表の厚労省の定点医療機関の報告数で「10歳未満」や「10〜14歳」を見ると、ああ学校が始まったなと見てとれますね。

年代別の定点あたりの新型コロナウイルス感染症の推移(西浦博さん提供)

年代別の定点あたりの新型コロナウイルス感染症の推移(西浦博さん提供)

7月24日~30日は1学期が終わる頃で、その後、夏休みで接触が減って陽性者も減り、学校が始まってまた増えた。社会活動に影響されて感染状況が変化しているのがわかりますね。

心配なのは高齢者です。60〜80代、その中でも特に70代が増加傾向にあります。これは流行の途中で見られがちな特徴で、病院や高齢者施設での流行が拡大していることが反映されています。死亡者が出やすい状況です。

——院内感染、施設内感染によるクラスター(集団感染)が起きているのですね。

その通りです。社会全体で感染者が増えると、どうしても病院や福祉施設に関わる人も感染し、少しずつ再開している面会も含めて、なんらかの機会に持ち込むことになります。その結果としてクラスターが発生します。

——亡くなりやすい人たちにも感染が波及してしまっている状況なのですね。

そうです。東京都の定点調査に基づく年齢分布を見るともっとわかりやすいです。

東京都の年代別の定点報告の推移。

東京都の年代別の定点報告の推移。

若い人のデータでは「学校が始まったな」と見てとれます。そして直近のデータでは70代、80代でも急に上がっています。この年齢層の感染は特に重症化や死につながりかねないので、日本では特に力を入れて守らなければいけないところです。

東日本で入院患者も増えている

入院患者数も増えています。

週あたりの新規入院患者数の推移(西浦博さん提供)

週あたりの新規入院患者数の推移(西浦博さん提供)

これら新規入院患者によって何日もベッドは占有されるわけですが、ベッド数には限界があります。流行が長く続くと、受入れ病床を減らした現状では受け入れが厳しくなります。

地域別に報告された新規入院患者数の推移を見てみると、第9波のひと頃の沖縄のような逼迫状態に近づいているのが北海道と東北です。新規入院患者数が凄まじい増え方です。8波を超えそうです

東日本の新規入院患者数の推移(西浦博さん提供)

東日本の新規入院患者数の推移(西浦博さん提供)

ここまで増えると、救急や呼吸器科の現場で気管内挿管をしたり、ICUで診たりする患者が増えてくると思います。

沖縄が行っていたような「入院待機ステーション」の設置や、長野県が独自で保健所による入院調整を再開したように積極的な入院調整の支援が求められますね。また、これ以上は入院できない場合、在宅で使う酸素濃縮器が必要になる可能性が高いです。

本来はリアルタイムで地域別に細かく観察しなければいけない事態です。ですが、それは必ずしも活発に行われていません。

西日本の新規入院患者数の推移(西浦博さん提供)

西日本の新規入院患者数の推移(西浦博さん提供)

他方で、西日本では峠を越えたように見えます。特に、沖縄では新規入院患者数も減ってきています。左下は九州ですが、ゆっくり沖縄の状況を追いかけています。

西からゆっくり改善しているのは確からしいでしょう。

東日本で救急が逼迫

沖縄が次第に改善しているのを除けば、医療にはずっと負荷がかかり続けています。

その中でも最も厳しいのは救急です。

救急搬送困難事案数の推移

救急搬送困難事案数の推移

総務省消防庁が発表している「救急搬送困難事案(※)」の数の推移です。

※救急車が現場到着後、医療機関へ照会を4回以上行なっても、救急搬送先が30分以上見つからない状況。消防庁で毎週取りまとめている。

おそらく、第8波を超えるのではないかとみています。

救急搬送の時に行き先の病院が見つからない。心筋梗塞などは一定の時間内に(できれば発病から6時間以内に)運んで処置を受けなければ助けることが困難になります。今の救急逼迫状況では助からない人が出てきていると思われます。

特に東日本が厳しい状況になってきています。

地域別の救急搬送困難事案の状況(西浦博さん提供)

地域別の救急搬送困難事案の状況(西浦博さん提供)

北海道は前週より困難事案が倍近く増えています。もうほとんどの病院の入院ベッド数が頭打ちであるということです。神奈川なども相当厳しくなっています。

西日本は減少傾向にあります。まだ厳しいのですが、改善しています。

救急搬送困難になると、何が起きる?

救急搬送困難事案が増えると、皆さんの感覚だと「救急が大変なんだな」ぐらいにしか思わないかもしれません。

その意味や超過死亡が発生するメカニズムを知ってもらいたくて、最近僕たちはこんな研究をしました。

救急逼迫が死亡に与えた影響を調べた研究。(西浦博さん提供)

救急逼迫が死亡に与えた影響を調べた研究。(西浦博さん提供)

2020年の新型コロナの流行開始後に死亡した人の遺族1400人以上にインタビューしました。亡くなった時に受診を控えたか、死亡する前に外来受診や往診を依頼したか、救急受診を電話で医療者に相談できる「#7119」の救急サービスを利用したか、その救急サービスを希望してから実現するまでの時間はどれぐらいだったか、などを聞いています。

これまで心筋梗塞など心臓の病気で死んでいる人で超過死亡(感染症の流行や災害など特別なイベントの影響で平年よりも増えた死亡の数)が見られるのが日本のパターンでした。コロナの流行がひどい時に、心臓の病気がある人の死が増えるのです。

それがどうしてなのかが少しずつ明らかになってきています。 

死因別に医療の逼迫がどういう風に影響したのか見たのがこの図です。

例えば左側は24時間以内に往診も含めて受診したか聞いた結果です。左からがん、心筋梗塞などの心臓病、脳卒中など脳血管疾患、肺炎、老衰です。「はい」と答えた人が青です。「いいえ」が赤です。

心臓病だけ他の死因と比べて24時間以内の受診は「いいえ」と答える割合が多いです。

右は#7119の救急相談をして、その結果として待機を命じられるなど救急サービスを利用できないことがあったか死因別に聞いた結果です。心臓病で死んだ人は他と比べて、利用できないで死んだ人が多いのです。

——時間勝負の病気だから受け入れ先が決まらなかったのでしょうかね。

その通りです。搬送までに相当時間がかかる状況があって死んでいる。そんなメカニズムがだんだんわかってきています。救急サービスに限っても、心臓病と肺炎だけ他の死因より使えなかった人が多いこともわかりました。

死因の上位7つで比べると、心臓病で救急サービスを24時間以内に利用できなかった人が他死因7つと比較して2倍近くいることがわかりました。

つまり救急搬送が困難になると、心臓病で助からなくなり、それによって超過死亡が増えていると考えられます。

ここには出していませんが、他にも新型コロナの罹患率が心臓病の死亡者では高い傾向があります。コロナに感染すると心臓病になりやすいことが知られていますが、心臓病で死亡した人の中でもコロナの感染歴がある人が他の死因よりも多くて、コロナの直接的な影響もありそうです。

新型コロナの流行で超過死亡が出るメカニズムが少しずつ裏付けられるようになってきています。

後編に続く)

【西浦博(にしうら・ひろし)】京都大学大学院医学研究科教授

2002年、宮崎医科大学医学部卒業。ロンドン大学、チュービンゲン大学、ユトレヒト大学博士研究員、香港大学助理教授、東京大学准教授、北海道大学教授などを経て、2020年8月から現職。

専門は、理論疫学。厚生労働省新型コロナウイルスクラスター対策班で流行データ分析に取り組み、現在も新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードなどでデータ分析をしている。

***

以上、今回のニュースレターは西浦先生の新型コロナウイルス感染症の最新状況のインタビュー前編でした。後編は、最大の流行になるのを許してしまった国の責任と、今世界中が注視している新たな変異株について聞きます。

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