同じ「遺伝子検査」「免疫療法」でも......患者が知っておくべき、がん治療に潜む落とし穴とは?
『後悔しないがんの病院と名医の探し方 「有名病院」「ランキング」に頼らず、最善の選択を』(大和書房)を出版した鈴木英介さん。
「がん治療は情報戦」と言われる中、患者や家族はどんなことに気を付けて、情報を探したらいいのだろうか?
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同じ「遺伝子検査」「免疫療法」でも......科学的根拠の薄いものと見分ける
——本の中で、逆に科学的根拠が薄い自由診療や遺伝子検査の問題も書かれています。民間療法も。やはりこうしたものに惑わされる患者さんは多いのでしょうか?
身の回りにも結構いるんですよ。先日も妻から、「友達の旦那さんが、唾液を送って病気のリスクを予測する遺伝子検査を受けたんだけど、どうなの?」と聞かれたところです。
そういう市販されている遺伝子検査は、効果を誤認させるような広告が打たれています。科学的根拠が大してないものが、派手に宣伝してもOKとなっているのが問題です。逆に高いレベルのエビデンスがある医薬品や医療機器は、ガッチリ規制されて宣伝できないことになっている。
業界の中にいたら、「そういうものだよね」とわかるのですが、一般の人に親切な仕組みになっていない。規制の仕組みを知らなかったらわからないし、目立つものに惹かれるのは当然だとも思います。
——同じ「遺伝子検査」という言葉でも、真っ当ながん治療で遺伝性のがんを調べたり、抗がん剤の効果や副作用を調べたりするための検査もあれば、「唾液を郵送すれば、あなたのがんや疾患リスクがわかります」という科学的根拠が薄い検査もあります。「免疫療法」という言葉もそうですね。しかも罪深いのは、自治体が助成金などを出して、そうした科学的根拠が薄い遺伝子検査を受けさせる動きもあるので、惑わされてしまいます。
そうですね。それこそ「線虫検査(※)」をふるさと納税で受けられる自治体もありますね。
※線虫の嗅覚を使って様々な種類の早期のがんのリスクを判定するとする検査。科学的根拠が確立しているわけではない。
残念ながら、政治家も自治体職員も医療リテラシーがすごく高いわけではないので、そういうことをやってしまう。流石にそれはちょっと問題だよなと思います。
大病院だけでなく、開業医の選び方も
——また、がん治療というと、どうしても大病院や総合病院に目が行きがちなのですが、この本では開業医選びのコツについても一章を割いています。珍しい視点だなと思ったのですが、なぜこれを入れたのですか?
日々の生活の中での健康面での不具合が出てきた時は、アクセスの良さから考えてもまず近隣のクリニックを受診することを考えると思います。がん患者さんにしても、体調不良の時にすべてがん治療を受けている病院に診てもらうわけにもいきませんよね。
そういう時のクリニックの選び方についても相談を受けることが多いので、何に基づいてアドバイスしているかを、ちゃんと言語化しようと思ったんです。
がん治療の医師選びとも共通しますが、なぜ「専門医」という資格が大事な指標なのか、この理解がちゃんとあることが前提になります。専門医はどういう仕組みで、どうやって取るのか。実は世の中、専門医資格を持っていなくても皮膚科を名乗ったり、眼科を名乗ったりできる仕組みになぜかなっちゃってますよ、ということをはっきり伝えようと思いました。消費者からすると落とし穴のようなものですから、それはみんな知っておいた方がいいと思います。
——専門医にも基本領域(内科、外科、小児科など)とサブスペシャリティ(呼吸器内科、消化器外科、小児外科など)があることを伝え、在宅医についても触れていますね。自宅で療養生活を送りたい患者さんにとって、在宅医による緩和ケアは大事な医療ですね。
今回は緩和ケアについてはあまり詳しくは書かなかったのですが、やはり在宅医療という選択肢があることは皆さん知っておいた方がいいと思います。
また、最近は在宅医療もある意味ビジネス化してきて、緩和医療をきちんと提供できる「緩和医療専門医」を持っていないような医師でも続々とこのビジネスに参入してきているきらいはあります。そうなると、そのあたりの専門性はちゃんと見極めてから選んだ方がいいと思って書きました。
未来のがん医療の論点も
——最後は未来のがん医療の論点として、高額療養費制度(※)の問題もタイムリーに入れていますね。皆さんニュースでなんとなく触れていらっしゃるけれども、自分ごとにならないとその重要性は実感できないですよね。
※治療費が高額になった時に、収入レベルに応じて自己負担の上限額が決まり、それ以上は支給される制度。昨年末、政府がこの自己負担上限を引き上げる案を出し、「自己負担が増えれば治療を断念せざるを得ない人も増える」などとして反対する患者側と激しい議論が起きている。
それはそうですよね。重要性や論点は十分語り尽くされていますが、高額療養費制度は、保険制度の根幹なので今の仕組みのまま継続されてほしい。そういう思いも込めました。
——標準治療の手が尽きると、新しい治療法を検証する「治験」に参加することで望みをつなぐ患者さんもいると思います。この本で紹介しているアンケート結果で、治験の情報をお医者さんも結構知らないことが示されていて驚きました。
ケアネットと一緒に行ったアンケートです。患者さんは自分の主治医が治験情報を幅広く知っていると期待しているけれど、先生側は思った以上に知らないのが実態です。
——患者さんは選択肢をなるべく多く持っておきたいのに。
結局、治験の情報は広く行き渡っていないが故に、チャンスをもらえる患者さんと、そのチャンス自体を知らないまま終わる患者さんがいる。そして後者の方が圧倒的に多いと思います。
すべての患者さんが治験を受けるべきだとは思いませんが、「そういう選択肢があるんだったら、参加してみたい」患者さんに情報が届いていないのは、大きな問題です。だから「知る権利」じゃないですけど、そこはもう少しユニバーサルに皆さん知ることができるようにした方がいいですよね。
逆にビジネス側からすると、治験は参加者のリクルートに苦労するんです。被験者がなかなか入ってくれないが故に、治験そのものに時間がかかって、金もかかる。医師が情報を持っていないことがボトルネックになっているのですが、そこが解消されることは、患者、医師、製薬会社、行政、すべてにとって良い話です。そういう形になっていくように、変えていきたいという思いはあります。
セカンドオピニオン、医師の指名、複数の選択肢で迷った時、具体的にどうする?
——本書を通じて、実際に医療にかかる時のちょっとしたコツが具体的にちょこちょこ書かれていて、すごく優しい本だなと思いました。
やはり、自分が実際に相談を受けていて、そういう情報の必要性を感じているからですね。
セカンドオピニオンの取り方とか、先生は指名できるのか、という疑問に対して、実際にこういうやり方をすれば大丈夫ですよと書いています。僕のような、医師ではない人がこういう本を書く意味かなと思っています。
——かゆいところに手が届いている気がします。
患者さんにとって、アクションに結びつけやすいもの、結びつけられるものにしたいなと思いました。
——色々な選択肢を示されて迷った時、「先生のご家族だったらどの選択肢を選びますか?」という聞き方をするといい、とかですね。
あれもそうです。結構こだわりを持って書いたところです。
——この本はがんになる前から読んでおいた方がいいのでしょうね。
そう思います。今病院や医師を探している人をメインターゲットにしているような本のタイトルですけれども、がんになっていない人でも、すごく役立つ情報が入っているはずです。
——この本、患者さんが読んでおいてくれると、お医者さんや医療関係者の人はすごく楽になると思うのですよね。
まさにお医者さんと患者さんのコミュニケーションのギャップが縮まるようにしたいという願いが根底にありますからね。そこがスムーズになることが、この本の最終的なゴールだと思っています。
「正のサイクルを回したい」患者も医者もハッピーになるように
——少しがんの病院と医師の検索サイト「イシュラン」についても伺います。今、取り扱っているがんの種類は幾つになりました?
数え方にもよるので何種類とは答えにくいですが、乳がん、血液系のがん、婦人科系のがん、肺がん、皮膚がん、消化器系のがんをカバーしています。残っているので主要なものは、泌尿器系のがん、頭頸部がんくらいなので、おそらくがん全体の8割以上はカバーしていると思います。
イシュランの乳がんのページ。「乳腺専門医」「女性の医師」、患者の口コミ評判のいい30人に入ったことのある医師などで絞り込め、地域別に探すこともできる。
——掲載病院は全て鈴木さんがチェックして、真っ当な病院しか載せないのですよね?
そうですね。怪しげな治療をやっているところに関しては、たとえ専門医がいても載せません。
——患者さんが医師に感謝の思いを伝える投稿「サンキューレター」は医師にとって励みになるのでしょうね。
そうだと思います。投稿された時に僕は全て読んでいますが、こういうメッセージをもらった先生は嬉しいだろうと思います(※サンキューレターは患者さんがイシュランに送ったテキストがオシャレなハガキに印刷され、該当する医師に無料で送られる仕組み)。
2022年に子宮体癌の手術をしていただき約3年半N先生に診て頂きました。術後、出血があったりで受診することもありましたが 不安をとりのぞいてくださる先生で、最後までN先生にお願いしたかったです。いつもたくさんの患者さんが待っておられ たくさんはお話しできなかったですが、主治医がN先生で本当によかったです。先生の最後の診察にちゃんとお礼を伝えられず、こちらを使わせていただきました。医師のお仕事は多忙だと思いますが、次の病院へいかれてもステキな先生でいて下さい。ありがとうございました。私も頑張ります。
——鈴木さんは「医療で正のサイクルを回したい」とおっしゃっていますが、イシュランもこの本もそれを狙っているのでしょうか?
そうです。やはり医療者と患者さんのコミュニケーションがスムーズにいけば、患者さんもハッピーだし、先生もハッピーになる。そういう意味でいいサイクルを生み出せたらいいなと思って書いています。やはり個人批判をしたり、落としにかかったりすることはいいことではないと思います。
医師も読んで患者の気持ちの理解に役立てて
——この本、誰に読んでもらいたいですか?
がん患者さんやご家族はもちろんそうなのですが、実は、医師にも読んでほしいかもしれません。
——なるほど。お医者さんが読めば、患者さんは実はこういうことがよくわかっていないと伝わるかもしれませんね。
そうです。患者さんはこういうことを知りたがっているよ、とか、患者さん目線の言葉で語るとこういうことですよ、みたいなことを医師に伝えたい。
もちろん患者さんが読んで役立つ本をと思って書いていますが、実はがん治療医の先生が読んだら気づいていただけることが結構あるのではないかと思っています。そこは秘めた願いとしてありますね。
——しかしこういう本は既にコミュニケーションが取れている先生の方が読んでくれて、コミュニケーションボロボロの先生は興味を持ってくれないんですよね。病院の待合室においてもらえるといいかもしれないですね。
確かにそうですね。あと、開業医さんの待合室にあると、面白いかもしれないですね。
——確かに開業医さんのところでがんが見つかって、がん治療の病院を探すときに役立ててほしいですね。
そうですね。
——この本で、がん治療がどうなってほしいという願いはありますか?
患者さんが、治療に関わる色々な方針を決める場面で、ご自身の選択に納得できるようになることが一番願うことですね。
がんは、次々に意思決定を迫られる病気です。治療選択という意味でもそうだし、どこで治療を受けるかもそう。生活や仕事の中での選択も出てきますね。例えば、職場で病気について言うか言わないかもそうです。
ただでさえストレスがめちゃめちゃかかってる状態の中で、短期間に多くの意思決定をしなければならず、すごく大変な状況になります。だからこそ、病院・医師選びという最初の選択が重要で、自分に合う専門性の高いお医者さんに出会うことで、そのストレスはかなり軽減されると思います。そうなると、治療の選択にも納得が生まれる
自身が納得できる治療を受けられる患者さんが1人でも多く増えることを願っています。
(終わり)
【鈴木英介(すずき・えいすけ)】株式会社メディカル・インサイト/株式会社イシュラン代表取締役
東京大学経済学部、ダートマス大学経営大学院卒(MBA)。住友電気工業、ボストンコンサルティンググループ、ヤンセンファーマを経て、2009年に「”納得の医療”を創る」を掲げ、「株式会社メディカル・インサイト」を設立。ヘルスケア領域でマーケティング戦略の策定・遂行をサポートするコンサルティング、患者/医師調査を手がける。
2016年には、株式会社ソニックガーデンと共に「株式会社イシュラン」を設立し、がんの病院・医師情報サイト「イシュラン」、皮膚疾患の病院・医師情報サイト「皮膚ナビ」、読者数10万人の無料医療メルマガ「イシュラン」を運営する。
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