医師の新型コロナの発信、誹謗中傷するのはなぜ? 訴訟費用に400万円、殺害予告、住所が割れて引越しも
新型コロナウイルスの流行下、一般の人に役立つ医療情報を発信しているのに、インターネット上で誹謗中傷される医療者が後を絶ちません。
やむを得ず、民事訴訟や刑事告訴に踏み切る人も増える中、大阪大学医学部感染制御医学講座教授の忽那賢志さんが民事訴訟で勝訴したというニュースが流れました。
「くつ王」のあだ名で知られる忽那さんのユーモアを交えた発信は優しく、全く攻撃的ではありません。
なぜそれなのに叩かれるのか、それによってどんな被害を受けているのか。
忽那さんにインタビューしました。
いつも穏やかな物腰で取材者にも優しい忽那賢志さん(撮影:岩永直子)
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極端な言い方は避けているのに...コロナ初期から誹謗中傷
——誹謗中傷が酷くなったのは新型コロナの発信からですか?
コロナ以前は意識したことがありません。コロナの前から、エボラ出血熱やジカ熱などの情報発信はしていましたが、コロナが流行してから読まれることがすごく増えました。そこから誹謗中傷も始まったのだと思います。
——どんな発信が叩かれているのでしょう?やはりワクチンですか?
一番多いのはワクチンの発信に対するものなのですが、初期からも色々ありました。
たとえば一部の医師が使っていたアビガンやイベルメクチンについて、「現時点では効果があるかどうかはわかりませんので、慎重な判断が必要ですよ」と書くと、「効く可能性があるのに使わないのはおかしい」と批判が来ます。
もちろんそういう意見があるのは構わないのですが、そういう人たちに乗っかって、「詐欺師め!」などと誹謗中傷を受けることはよくありました。
——そういう誹謗中傷を見ると、どんな気持ちになりましたか?
私も鈍感な方ですが、そういう投稿を見ると、すごく嫌な気持ちになります。ほとんどの人はきちんと内容を理解してくれて、そんなに批判的ではないと分かってはいるのですが、それでも一部の人がそんな言葉を投げつけてくると嫌な気持ちにはなります。
——科学的根拠のない医療を支持している人に対して、攻撃的な言葉を使って批判している医師はいますが、忽那先生はそういう発信はしていません。どちらかと言えば、穏やかな発信をなさっていたので、それでもそんなに攻撃を受けるのかと驚きました。
私自身、極端な主張は書いていないつもりです。ワクチンに対しても基本的には推奨の立場ではあるのですが、効果と副反応についてまずは知っていただいて、個人個人で判断してくださいという立場で書いてきました。
それでも誹謗中傷してくる人はいたということです。
——逆に、対立しないことを意識して発信なさっているのですか?
そうです。新型コロナでは非常にたくさんの人が私の文章を読み、私のテレビでの発言も聞いていることはわかっていました。私は国際医療研究センターにいた2014年頃から感染症の情報発信を続けているのですが、極端な言い方にならないように気をつけてきました。その経験がコロナでも生かされていると思います。
次のパンデミックで誰も発信しなくなったら困る
——他の病気の啓発に比べて、感染症はより炎上しやすい特徴があると感じられますか?
それはたぶんあると思います。
たとえばHIVやサル痘もそうですが、スティグマ(差別)につながりやすいところがあります。だから感染経路や感染しやすい特定の属性など、情報の伝え方にすごく気を遣うところはあります。
——新型コロナは全ての人が感染し得る感染症ですが、それでも差別・偏見の問題は起こりましたね。
特に初期の感染者が少ない時は、とある都道府県で、感染者が多い他の都道府県の車のナンバーを見かけたら「出ていけ」と言うようなことも起きましたね。初期はみんな不安なので混乱が起きやすいのだと思います。
——初期から誹謗中傷を受けてきて、これはもう我慢できないなとなったのはいつ頃なのですか?
基本的にはずっと我慢してきたのですが、コロナが2類相当からインフルエンザ並みの5類に移行する方針が決まった今年初め頃、発信の仕事もひと段落した時に考えたのです。次のパンデミックが起きた時に、発信する人がこれだけの誹謗中傷を受けたら誰もやらなくなってしまうのではないかなと。
良くないことは良くないと裁判ではっきりさせておいた方がいいのかなと思いました。
——自分一人だけの問題ではなく、後から続く医療者のことも考えたということですね。
そうですね。次のパンデミックで発信するであろう後に続く次の世代も「あんな目に遭うならやりたくないな」と思うかもしれない。それは困るなと思ったのです。
——今回、コロナではたくさんの医療者たちがよく発信されました。それは医療者としての使命感からの行動だったのでしょうか?
基本的にはそうだと思います。最初のころは情報が不足していたので、文献で得た知識をすぐに伝えられるメリットも感じていました。SNSは情報を早く伝える上で使いやすかったのです。
——Twitter(X)のフォロワーも増えましたか?
コロナ前には私にはTwitterのアカウントはありませんでした。コロナが始まってから作って、今、23万人を超えているところです。
反論やコメント返はしない 裁判ではっきりさせる
——忽那先生に限らず、熱心に発信している先生たちは誹謗中傷を受けて、激しく反論もしていました。それを見てどう感じていらっしゃいましたか?
仕方ないのかなと思う一方、度が過ぎたものはSNS上ではなく、ちゃんと法の下で判断すべきなのだろうと思っていました。
——誹謗中傷に対する反論がヒートアップして、誹謗中傷する側がかまってもらえて喜んでいる節も見られました。
私は誹謗中傷に対して一切返信はしていません。返信してもまったく噛み合わないだろうと思っていますし、ついてくるコメントを見るだけでも疲弊するからです。コメントもほとんど見ていません。
だからSNS上でやりあうよりは、裁判ではっきりさせた方がいいだろうという方針です。
——先生の勤め先にも誹謗中傷の手紙や電話はきているのですか?
時々きています。手紙やカミソリも前の職場に一度、届いたことがあります。カミソリは脅しの手段としてメジャーなのでしょうね。その時は警察に届けました。
——電凸で研究室の業務が妨げられることはありましたか?
研究室に電話がかかって「忽那を出せ!」と言われることは多いです。最近は減りましたが、時々、病院に嫌がらせの電話が来ることもありました。
——なぜわざわざそんなことをしてくるのだと思いますか?
彼らは、本当にワクチンが悪いものだと思っているのでしょうね。基本的にはワクチン忌避の人が多いので、ワクチン接種を推奨する立場の人が憎いのだと思います。憎くてもその人の職場に電話をかけてくるのは度が過ぎていると思いますけれどもね。
誹謗中傷した人で多いのは、いわゆる「社会的弱者」
—— そして、刑事告訴や民事訴訟の提起を行いました。どういう基準で戦う相手を選んだのですか?
特に度が過ぎているものを弁護士さんに選定してもらいました。50人弱ぐらいです。その人たちのアカウントについて、まず住所・氏名の開示請求を行って、全て裁判所で認められました。その人たちに謝罪と損害賠償を請求し、20人弱は謝罪に応じました。
全く反応がなかったり、「俺はやっていない。そんなアカウントは知らない」というパターンの人もときどきいますが、時間をかけながら対応をしています。
あとの10人ちょっとは民事裁判で争うつもりで弁護士を立てるような人です。その人たちの反論も私の言い分とは噛み合っておらず、私は誹謗中傷について問題にしているのに、向こうは「中国の武漢ウイルスが~」など、陰謀論を語ってくる。だから話が最初から噛み合わないのですね。
——どういう属性の人かはわからないですか?
実はやり取りをしていく中で、「私はこういう者なので、謝罪はしますがお金は払えません」と言ってくる人は結構います。たとえば、「私は精神障害者で収入もないので払えません」とか、「生活保護の受給者なので払えません」「引きこもりで働いていないので払えません」という人が多いです。
いわゆる社会的弱者と言えるような人が陰謀論にハマって誹謗中傷をしてきたところがあるのかなと思いました。
——リアルな社会で不遇感や社会的に認められない鬱屈を抱えている人が、匿名のSNS世界で有名人である忽那先生に誹謗中傷して「やってやった!」と優越感を覚えたということなのでしょうか。
そういうことがあったのかもしれないですね。
——そういう人にはどう対処しているのですか?
もちろんそれだけで許すわけではありません。ちゃんと謝罪をして反省してもらって、金銭的には払える範囲の額で和解をしています。
これまでかかった費用は400万円
——12月19日に大阪地裁で3人に計70万5千円の損害賠償を支払うよう命じる勝訴判決が出ました。これが判決が出た最初の裁判ですか?
そうです。相手は弁護士も立てず、反論もしなかった人たちなので、すぐ判決が出ました。逆にちゃんと支払ってくれるかは心配です。
——お金が主目的ではないにしてもですね。
もちろん、こういうことは社会的に許されないことだよと広く知ってもらう意味が一番です。しかし、どんどん赤字になるのも良くない。裁判は結構お金がかかります。Xや電話会社に開示請求をするところから始まり、相手がわかったところで連絡して、そこで和解できれば謝罪してもらって和解する。謝罪がなかったら民事裁判を起こす。
それぞれの段階でお金がかかります。私もそんなに給料が高いわけではないのですが、誰も彼もができることではありません。こんなことでいいのかと疑問には思っています。もちろん全てポケットマネーです。
——ちなみに今までかかった費用はどれぐらいになりましたか?
今のところ400万円ぐらいです。
——400万円!時間も手間もかかって割に合わないですね。
本当にそうです。でも今まで20人弱と和解して支払ってもらった金額もあるので、トントンぐらいにはなってきています。
数名は刑事告訴も 住所が暴かれて引越しも
——刑事告訴もなさっているのですね。
そうです。
——どういう人について告訴したのですか?
特に度が過ぎている相手です。「人殺し」と罵倒したり「殺すぞ」と脅してきたりといったことを執拗に繰り返した方々です。数名程度刑事告訴して、すでに何件かは書類送検されました。
——殺人予告などがあった時に、身辺に気をつけたりはなさったのですか?
そうですね。私は以前、大阪府の豊中市というところに住んでいたのですが、ワクチンをうった時にモザイクをかけてTwitterに出した写真から、住所がSNS上で暴かれてしまったことがありました。それで引越しました。何をされるかわからないですから。
——引越し代も自己負担ですね。
もちろんそうです。
——家族への脅しは大丈夫ですか?
幸い、私は単身赴任なので、家族には今のところ影響はないと思います。
——訴訟を始めたことをオープンにされて、それ以降、誹謗中傷は止みましたか?
多少減ったかもしれませんが、今も懲りずに続けている方もいますね。
(続く)
【忽那賢志(くつな・さとし)】大阪大学医学部感染制御医学講座教授
Yahoo!ニュースでの連載で新型コロナウイルス感染症について数多くの記事を書いている。
2004年3月、山口大学医学部卒業。同大学医学部附属病院先進救急医療センター、市立奈良病院感染症科医長などを経て、2012年4月から 国立国際医療研究センター 国際感染症センターで勤務し、2018年1月から同。センター国際感染症対策室医長。2021年7月から大阪大学医学部感染制御学講座教授。
厚生労働省「新型コロナウイルス感染症診療の手引き」編集委員。IDATEN 日本感染症教育研究会 世話人 Kansen Journal 編集長。著書に『症例から学ぶ 輸入感染症 A to Z ver2』(中外医学社)、『みるトレ感染症』(共著、医学書院)、専門医が教える 新型コロナ・感染症の本当の話 (幻冬舎新書)など。
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