朝日新聞記者の僕が中咽頭がんになって気づいたこと
朝日新聞編集委員の後藤洋平さん(48)は、昨年末、中咽頭がん(※)を発症していることがわかり、治療を受けた。
中咽頭がんは、子宮頸がんと同じく、HPV(ヒトパピローマウイルス)への感染が原因で起こるがんだ。
自身の病と向き合ううちに、HPV関連がんを防ぐために記者として何ができるか模索するようになった。2回連載で後藤さんの歩みをお届けする。
朝日新聞社内で。背景には自身が入院して治療を受けた国立がん研究センター中央病院が見える。
※喉の一部である中咽頭にできるがん。喫煙や飲酒のほか、ヒトパピローマウイルス(HPV)感染が原因のものもあり、HPV関連の中咽頭がんはそうでないものより生存率が高い。
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※この記事は手術の傷跡の写真を掲載しています。
首の腫れでがんに気づく
気づいたのは、2023年12月8日、大阪出張に出かける日の朝、風呂に入っている時に首の右側の腫れに触れたことがきっかけだ。
その時はまだがんとは思っていなかったが、取材後、気になって出張先の大阪で耳鼻科のクリニックを受診した。高齢の医師は腫れた部分を診察し、「まあ大丈夫でしょう」と抗生物質を処方するだけ。
不安は拭えず「念の為」と紹介状を書いてもらい、12日に粉瘤の手術を受けたことがある済生会中央病院の耳鼻科を受診した。
「腫れている部分、痛いですか?」と聞かれ、「痛くないですよ」と伝えると、その医師は顔をしかめて「痛くないってちょっと嫌ですね」と呟いた。
「痛くないってことは大丈夫だろうという気持ちで伝えたんですが、痛くないしこりが深刻な可能性があるとは知らなかった。急に不安になってきました」
その場で細胞を採取する検査を受け、「検査結果を聞きに、1週間後に来てください」と言われた。ところが4日後の16日の朝、病院から「今日病院に来ることはできますか?」と電話が来た。
「それを聞いた瞬間に、これは良くない病気なのかなと覚悟しました」
その日のうちに病院に行くと、「悪性腫瘍です」と告げられた。
「扁平上皮がんはここからはできないので、これはどこか別の場所から転移してきたがんです。大元はまだわかりません。がん専門病院で診てもらった方がいい」
国立がん研究センター中央病院に紹介状を書いてもらった。
HPV関連の中咽頭がんと診断
19日に国立がん研究センター中央病院の頭頸部外科を受診し、原発がんがどこかを調べるために翌週、PET-MRI検査など様々な精密検査を受けた。
その結果、「中咽頭がん、頸部リンパ節転移」と診断を受けた。
「転移していて、最初にがんが発生した原発巣もわからないというから、当初は『これは相当進んでいるんだろうな』『もう死ぬのかな』と思ったんです。でも原発に近いリンパ節だけの転移だし、手術もできる、と言われてかえってホッとしました」
転移しているにもかかわらず、ステージ1だと言われたことも意外だった。HPV感染に関連するがん抑制遺伝子「p16」が陽性だった。
「どういうことなんだろうと先生に聞いたら、『後藤さんのがんはほぼHPVが関連するタイプです。このタイプであれば、リンパ節に転移していてもステージ1なんです』と言われました」
実は事前に自分でも中咽頭がんについて調べていて、HPV感染が原因の中咽頭がんがあると知って、驚いていた。HPV関連なら、そうでないものよりも生存率が高いとも書かれていた。
「自分はたばこも吸っていましたし、酒も大好きで、不摂生のせいだと思っていたんです。先生に『じゃあ僕のがんは生存率が高いのですか?』と聞いたら、そうですと言われて少しホッとしました」
だが、HPV感染が原因だということをパートナーに言うか、少しだけ悩んだ。HPVは性的な接触によって感染することが、迷う原因になった。
「パートナーが『自分がうつしたせいでがんになった』と思うんじゃないかとためらったんです。でも先生から、『きっとかなり前に感染したものだし、ほとんどの人がHPVには感染しているのだから、誰のせいでなったというものではないんですよ』と言われ、隠すようことではないと思い直しました」
後に、自身の体験談を書くために、国立がん研究センターの主治医に説明を聞いたり、大阪大耳鼻咽喉科・頭頸部外科学の猪原秀典教授に取材したりした時も、この性的な接触でうつるHPVが原因だということが、要らぬハレーションを引き起こしていることを知った。
中咽頭がんになったとわかった途端、妻から「あんたが浮気したからや」と誤解されて修羅場を経験する患者もいると聞いた。先生からはキスでも感染し得ると聞いた。
HPV関連のがんは、「性的に活発だからかかる」という誤解があるが、初めての性行為であっても、相手が感染していたら感染する可能性はある。性的な経験のある8割の人が感染しているありふれたウイルスだ。
25センチの傷跡 痛みや痺れに耐えて
2024年1月17日に手術を受けた。前日にメスを入れる線をマジックで書かれ、「こんなに切るのか」とたじろいだ。
1月16日の手術前日、メスを入れるラインをマジックで引かれ「こんなに切るのか」とたじろいだ(後藤さん提供)
舌も一部切ると聞いて、「声が出なくなったらどうしよう。取材ができなくなるのではないか」と不安だった。
結局、右扁桃とその周辺、首の右リンパ節を切除し、右耳の後ろから首の左あたりまで25センチほどの傷跡が残った。痛み止めを飲んだが、手術直後は食べたり飲んだりするたびに激痛が走った。
「今はだいぶん良くなりましたが、傷跡の一部はず今もっと感覚がないし、痺れも残っています。ただ声を失うことはなかったので、退院後すぐ仕事に復帰できたのはありがたかった」
主治医からは、放射線や抗がん剤は今のところ必要ないと言われた。29日に退院し、2月初めには職場に復帰した。
「自分だったらHPVワクチンについて書けるんじゃないか」
退院後には、3ヶ月に1回のCT検査と、月1回の診察で経過観察し、痺れを抑える薬も飲み続けている。
大学4年生の娘には「HPVワクチンうった?」と尋ねたら、接種済みと聞いてホッとした。
HPVワクチンについては知っていたが、HPVに関連するがんに男がなるのは自分が病気になるまで知らなかった。
「HPVワクチンは、男もうった方がいいんじゃないか」
そんな気持ちも芽生え始めていた。
「もちろん朝日新聞も含めたメディアがHPVワクチンに問題があるような報道をした結果、日本で接種率が下がった問題については知ってはいました。でもそれまでは自分は文化担当だし、ワクチンについて報じようとは思っていませんでした」
2023年4月から朝日新聞のコラム欄「多事奏論」の担当者となり、退院直後に自分の番が迫ってきていた。
「入院していたから取材はできなかったけれど、自分の番を飛ばしたくない。そして男性もかかるHPV関連のがんがあることも世の中にまだあまり知られていない。すごく迷ったのですが、HPV関連がんやワクチンについて、自分だったら書けるんじゃないかなと思いました。色々な人に相談して書こうと決めました」
だが、この記事が後にとんでもない反響を呼ぶことになる。その時は想像すらしていなかった。
(続く)
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