5類移行で対策緩和され...不安を訴えた保護者と子供対策へ

ライブハウスの感染対策ガイドラインを作った日本音楽会場協会理事長の阿部健太郎さんが、5類移行をきっかけに、今度は子供の感染対策に乗り出そうとしています。なぜ畑違いの活動を始めることになったのでしょうか?
岩永直子 2023.11.03
誰でも

ライブハウスの新型コロナウイルス対策ガイドラインを作った、一般社団法人「日本音楽会場協会」理事長の阿部健太郎さん。

2023年5月、新型コロナウイルス感染症が感染症法上の2類相当から5類に移行したタイミングで、今度は子供の感染対策に関わることになった。

なぜまったく畑の違う阿部さんが、乗り出すことになったのだろうか?

新型コロナ5類以降に向けて、内閣官房、厚労省と行った意見交換会の様子(阿部健太郎さん提供)

新型コロナ5類以降に向けて、内閣官房、厚労省と行った意見交換会の様子(阿部健太郎さん提供)

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5類移行でガイドラインが廃止

2023年5月8日、新型コロナウイルス感染症が2類相当から5類に移行し、内閣官房の新型インフルエンザ等対策室は消滅。内閣感染症危機管理統括庁が9月に新たに発足した。

「5類への移行で、感染対策の緩和が始まりました。例えばマスクの着用なども『着用を求めない』として個人の判断で行うようになりました」

内閣感染症危機管理統括庁のウェブサイトトップページ

内閣感染症危機管理統括庁のウェブサイトトップページ

感染対策のガイドラインも事実上、廃止されることになり、阿部さんより世代が上の『日本ライブハウス協会』と『ライブハウスコミッション』の2団体は、ガイドラインに連ねていた名前を削除した。

阿部さんの日本音楽会場協会だけが、「5類に移行しても、残しておきたい」として、状況に応じてガイドラインをこれからも使い続けることを決めた。

ガイドラインの監修はそれまで他の団体が招いた京都大学の獣医でウイルス学者、宮沢孝幸氏が務めていた。しかし、コロナワクチンを否定するなど、科学的根拠を無視した発言を繰り返し、「ガイドラインに一度も目を通したことがない」とも公言していた。

「その頃、コロナワクチンの啓発活動をしていたこびナビ副代表の木下喬弘先生と知り合い、監修医師になってもらえないか依頼しました。ちょうど宮沢先生もガイドラインから手を引くとおっしゃったので、快諾してくれた木下先生にお願いすることになりました」

子供の保護者からの不安の声

この3年間、ガイドライン作りや実証実験を通じて、音楽業界は感染対策のやり方を十分身につけたと感じていた。5類に移行しても、今後はそれぞれの判断でやっていくことに自信を持っていた。

だが、他の業界はどうなのか。5類に移行して不安はないのか?

「9月の統括庁発足に合わせて、改めて意見交換を予定していましたので 、『どんな業界でも、一市民の方でもいいから、ご意見があればなんでも伺いますよ』とSNSで呼びかけたら、子供がいる保護者の方たちからの意見がものすごく多かったのです。しかもそんな声を吸い上げる組織も人も仕組みもない」

阿部さんの呼びかけで日本音楽会場協会に寄せられた声は、三百数十件に及んだ。

「学校でマスクを外すよう指導されている現実がある、などと長々としたメールでたくさん寄せられてきました。それに対して『伝えておきます』と抽象的に返すのではなく、全てプリントアウトして、厚労省、文科省の担当者に渡すことを約束しました。『あなたの言葉は絶対に担当の省庁の人間に読ませます』と言い、実際に渡してきました」

こうした保護者は、5類移行で学校での感染対策が薄くなったことに不安を抱えていても、なかなか声を上げることができていない。なぜか。

「同じ保護者の中にはすごく強力にワクチンやマスクに反対する人がいて、そういう人たちは攻撃的なことが多いからです。『自分が見ていないところで、自分の子供に何が起きているかわからない。声をあげたいけど、上げられない。実名で活動している阿部さん、協力してもらえませんか?』と、連絡が来ました」

「子供を感染症から守る会(仮称)」を結成

阿部さんは「もちろんいいですよ」と快諾したが、一つだけ条件をつけた。

「皆さんの本気を見せてほしい。皆さんが組織を作って、大きく育てて、僕が安心して乗れる神輿ができたら、僕は表に立って協力します。そこまでは水面下で協力させてください」

自分が表に出たとたんはしごを外されて、攻撃の矢面に立つのは嫌だった。コロナ対策に真剣に取り組むと、反対する人に攻撃されることを身にしみて感じてきた。自分にその任を依頼するなら、自分たちの本気度を示してもらうのは当然と思った。

「今はウェブミーティングを開いている段階ですが、『子供を感染症から守る会』という仮称をつけて、もう20以上の都道府県で組織ができました。できるなら全都道府県に作ってほしいと思います。5類に移行しても、学校だけでなく、塾や専門学校、語学教室など、子供が学ぶ場所で、適切な感染対策が受けられることを目指します」

もう一人、表に顔と名前を出して活動する共同代表者も手を上げてくれた。

弁護士の太田啓子さんだ。

10月19日には2回目のウェブミーティングを開いて、今後の活動について議論した。

今後、全国の参加者から集まった声を、要望として政府に出す予定だ。政府が都道府県知事を通じて学校に送る通達に、感染症の増減に応じた柔軟な感染対策の実施を盛り込んでもらいたいと願っている。

「『感染症の流行に応じた適宜な指導をするように』など、の文言です。『適宜とは何か』もしっかり定義し、マスクを外すことが正しい、と受け取られかねないような文言とは違う文言をきっちり入れてほしいのです」

行政のトップや議員でも、5類に移行したとたん、どんな感染状況であっても「学校ではマスクを外すべきだ」とか「子供は感染するべきだ」と言う人がいるのをおかしいと感じてきた。

子供だって感染すれば重症化するリスクがあるし、後遺症が長く残る可能性だってある。そしてコロナ自体も、強毒性のウイルスに変異する可能性は常にある。

「子供は感染しても安全だと思っている人は、触れている情報と環境に問題があるのだと思います。僕の業界も僕がいなかったら、おそらく『コロナが流行していたってライブやっていいに決まっているじゃん。何言ってるの?』と言って突っ走っていたと思います」

音楽業界に向けられる視線を裏切っていく

自身も音楽者や経営者として多忙の中、なぜ3年間も業界の感染対策活動を引っ張ってきたのだろうか?

「僕は子供の頃から生徒会活動をやってきた反面、ライブ活動や格闘技もやっていて、生まれ育った長野県では教育委員会レベルで注視される存在でした。音楽活動や格闘技をやっている人間は『乱暴そう』とか『秩序がない』と見られがちです。そういう人間だからこそ、人一倍の秩序と礼儀と規律を持たなくてはいけないと思うのです」

「振り幅がある方が面白い」と語る阿部健太郎さん

「振り幅がある方が面白い」と語る阿部健太郎さん

「その振り幅がなく、どちらかだけに寄っているなんて、面白くないと僕は思う。魅力がない。品行方正なだけでも面白くないし、外れているだけでもただのバカです」

新型コロナの流行で、人のつながりが薄れたとよく言われることがある。しかし、阿部さんは逆のことを感じてきた。

「このコロナ禍ですごく感じたのは、我々はなんて繋がっているのだろう、ということです。一人の行動が、まったく存在も知らない人に影響を与えていることに気づいたのです。音楽業界は当初、ミュージシャンが納得すればいいとか、お客さんが戻ってくればいいと言っていましたが、それでは狭すぎる。お客さんの家族や同僚にも理解してもらう感染対策をしなければいけないと思っていました」

そういう風に呼びかけていくうちに、業界内にも賛同者が増えてきた。

「ライブハウスを作る人なんて、海賊船の船長のような考え方。自分がやりたいこと、時に社会一般では受け入れられないことも自分のお店の中で好き勝手にやることを目的で生きてきて、それを貫いてきた人たちです。最初はそんな人たちが仲間になるわけないと言われていました。でも今では多くの同業者が賛同し、仲間になってくれています」

そして今、業界の外にも活動を広げることになった。政治、行政、研究者とつながり、今では全国の子供たちの保護者たちともつながる。新しい人とのつながりが、常に次のつながりに導いてくれた。

「本当にもう人との巡り合わせに関しては、『THEわらしべ長者』です」と笑う。

コロナ前に戻すのではなく、いいものを取り入れてニューノーマルを作っていく

これから子供たちの感染対策に力を注いでいくが、感染対策だけを無理やり押し付けたいわけではない。

「大事なのはバランス感覚だと思っています。古い価値観かもしれないですが、子供はどろんこになって遊んでなんぼだと思っていて、ケガをして覚えるところもあると思います。でも人間の歴史が証明しているように、寿命が伸びていることは科学の進歩のおかげです」

「『コロナ前はこれほどマスクをしていたのか?』と、コロナ以前の生活に戻すのが正解という人がいますが、コロナ以前の自分の人生という短い時間も、それ以前の人たちから見れば、信じられないぐらい新しいものが入ってアップデートされた生活です。それに気付けないのはおかしい」

阿部さんは、その上で感染対策を生活に取り入れていくことについて、こう考えている。

「科学的なものや、いいものは取り入れて、ニューノーマル(新しい日常)を作っていく。もちろんその中には行き過ぎたものも出てくるでしょう。それは実際にやってみて、ちょっと違うなと思ったら巻き戻すことも必要だと思います」

【阿部健太郎(あべ・けんたろう)】作曲家、ドラマー、キーボーディスト、ライブハウス経営者

日本大学芸術学部音楽学科打楽器科でオーケストラなどのクラシック音楽を学ぶ。在学中から作曲家としてラジオニッポン放送・任天堂ゲーム・在京キー局番組テーマ曲などを制作。卒業後は、音楽関連のエンジニア業をしながら、ミュージシャンとしての音楽活動を続ける。日本最古のライブハウス「新宿HeadPowerオーナー」として海外のライブハウスとのネットワーク作りに取り組んだが、コロナ禍で一時中断した。

コロナ禍では一般社団法人「日本音楽会場協会」を発足。内閣官房、厚生労働省と共にライブハウスガイドラインの策定に参画。政府や地方行政との交渉とともに、国内同業者のネットワーク作りを行っている。

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