心臓手術に脳出血 絶対安静よりも20周年を目指して店を再開

マデイラワイン専門のバー「レアンドロ」店主の鈴木勝宏さんは、心臓手術、脳出血の手術を乗り越えて、10月に店を再開しました。根治や安静を捨てて、妻と二人三脚で店を再開し目指すことは?
岩永直子 2024.11.15
誰でも

マデイラワインの品揃えでギネス記録を持つ東京・大塚のカフェバー「レアンドロ」。

店主の鈴木勝宏さん(65)は、拡張型心筋症を抱えながら10年以上、休まずに店の営業を続けていましたが、昨年末から体調悪化と脳血管疾患で9ヶ月の療養生活を余儀なくされました。

根治や安静を捨てて、妻の付き添いで再び店に立つ鈴木さんが今、目指すことは?

補助人工心臓のバッテリーを見せる鈴木勝宏さん。これを斜め掛けして営業している(撮影・岩永直子)

補助人工心臓のバッテリーを見せる鈴木勝宏さん。これを斜め掛けして営業している(撮影・岩永直子)

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マデイラ島に20回通い、仕込みも体験

2007年11月、マデイラワインの専門店「レアンドロ」をオープンし、コツコツとさまざまな年代、品種、醸造所のマデイラを買い集めていった。最も古いものでは1720年、日本でいえば江戸幕府の徳川吉宗の時代のマデイラも手に入れた。

「値段はとんでもないですが、今でも普通に飲めますよ。一度買えば半永久的に常温で保存でき、一生楽しめるのがマデイラの魅力。『こう味わうべきだ』という堅苦しいルールもなく、僕が考えるマデイラは全てフリー。あなたの思い通りに楽しんでくださいという自由さが好きなんです」

買ったり飲んだりするだけでは飽き足らず、醸造所に頼み込んで、2014年と17年、それぞれ6週間、マデイラワインの仕込みも体験させてもらった。渡航や滞在費用は店の常連客らから、カンパを募って賄った。

マデイラワインは加熱熟成するのが特徴だが、伝統的な作り方では、太陽光で温度が高くなった建物の中で熟成させる「カンテイロ」という方法をとる。

「建物の中に樽を高く積み上げているのですが、樽を入れ替えるのを手伝っている時に足を滑らせて落ちたこともありました」と笑いながら振り返る。

マデイラ島にはこれまで20回通った。自分が大好きなマデイラを作ったり、買ったりして、日本のお客さんに出して、その魅力を伝える。店の経営は安定していたわけではないが、好きなことができて幸福な毎日だった。

11年目に不整脈が再発 

ところが、店を開いて11年目の2019年、59歳の夏に店に立っていたら、また不整脈が起き出した。

「それがなかなか止まらなくて、いつも通りやり過ごそうと思っても無理でした。当時通っていた病院に行くと、『急性から慢性心不全になった』と言われました」

これに対処するには「アブレーション(※)」という手術が必要になる。大学病院を紹介され、手術はいったん無事成功した。

※血管を通じて心臓に細長い管を差し入れ、不整脈の原因となっている部位を心臓の内部から焼き切る治療法。

だが、手術から1か月後には、心臓は元の状態に戻ってしまう。

「医者には『よく生きているね』と言われました。40年間、薬物治療だけで拡張型心筋症を生き延びているわけですから、確かにそうでしょう。『手術して治るかどうかは、神様しか分からない』と主治医に言われて、妻は怒っていました」

そこからは、再び薬物治療一本に切り替えた。2年後の21年には、「CRT-D(除細動機能がついたペースメーカー)」も埋め込んだ。しばらくはそれで楽に過ごしていた。

昨年末に再治療、脳出血も

ところが、2023年11月頃から再び体調が悪化する。疲れが取れず、尿もなかなか出ずに浮腫んだ。12月23日の夜に客が帰ってから、店の中でまったく動けなくなった。

3日後に受診すると、主治医は「帰せない」と一言。心臓から血液が身体中に行き渡らず、他の臓器の機能も落ちる多臓器不全となっていた。「稀に見る重篤な患者です」とも言われた。

年をまたいで24年1月24日に再び、アブレーション手術を受けた。

「重症心不全と言われ、主治医には『あなたに今できることは、この治療か緩和ケアだけです』と言われました。そこまで行き詰まっていたんですね。自分としてはこれまでわがままを通してきたので、緩和ケアでも仕方ないかなとは思いました」

それでもまだ64歳。死ぬには早い。治療を受けようか相談した妻のミチ子さんも子供たちも、「受けた方がいいよ」と背中を押してくれた。

根治を目指す心臓移植の登録をする年齢制限は、65歳未満だ。そして移植を待つとなると、常に二人以上で過ごして連絡待ちをする生活が始まり、仕事どころではなくなる。順調に心臓が提供されたとしても、それまで平均で5〜7年はかかるとも言われた。

「もし移植してもらえたとしても、そこまで何もしないで生きていて何か意味があるのかなと思いました。それよりも、2027年にうちの店は20周年を迎えるので、それを人生の一区切りにしたい。先生には『20周年を迎えたいので、そういう治療をしてくれ』と頼みました」

アブレーション手術の最中に、一度心臓が止まり、このまま死んでしまうかと危ぶまれた。幸い、すぐ心拍は戻り、後遺症も残らなかった。

「ほんと、不死鳥ですよね。死に損ないですよ」と鈴木さんは苦笑する。

自宅療養中に硬膜下血腫も発症

5月に退院し、リハビリに通いながら自宅療養していた6月、今度は急に頭がもやっとぼやけてきた。ふらふらしながら歩き始めた瞬間に記憶がなくなり、倒れてしまった。

ミチ子さんが駆けつけると、すぐ意識が戻り、様子を見ることになった。ところが翌朝、なかなか起きられない。そのうち一人で歩けなくなり、吐き気も出て、救急車で病院に搬送された。

CTを撮った結果、頭蓋骨の下にある硬膜と脳の間に血液が溜まる「硬膜下血腫」を起こしていることがわかる。だが、心臓の負担を考え、すぐに開頭手術はできなかった。入院しながら様子を見ていたら、数日後に急変し意識を失った。

緊急手術を受け、家族も病院に呼び出された。手術中も出血が起こり、手術時間は6時間に及んだ。手術は成功。8月2日に退院し、リハビリを受けながら復帰のために体調を整えてきた。

10月1日に再開 妻と二人三脚に

治療で店を休んでいた間は当然収入はない。秘蔵のマデイラワインを業界仲間に買い取ってもらい、なんとか生活や店を維持してきた。

店の再開は10月1日と決めた。

再開前日には主治医や看護師らを店に招待した。みんなマデイラワインを飲みながら、喜んでくれた。

「再開の日は特に感慨もなく、このまま20周年まで淡々と続けたいなと思いました。最初は思った通りに体が動かなくて、なんもできなくなったなとがっかりしましたが、最近はやっと調子が出てきましたね」

ミチ子さんに一緒に店に立ってもらい、最初は週3回、午後4時から午後9時までの営業と、ゆっくりペースで始めた。カウンター内には椅子を置き、座って休みながら客に酒を出した。

そんな夫に寄り添うミチ子さんは、「今年は怖いことがいっぱいあったから、ここまで戻ってきてくれて本当によかった。この人はすごく幸せだと思いますよ。本当にやりたくてやりたくてしょうがなかったことが、今またできているんですもの。私はすごく大変ですけどね」と笑う。

「ずっとこの人、私を幸せにしてくれると言ってるんですよ。『それが使命だから死ねない』って。でもいつ幸せにしてくれるのかな」

ミチ子さんが顔を覗き込むと、鈴木さんは「幸せにするとそこで終わっちゃうから、ギリギリまで引っ張るよ」と返す。

鈴木さんはミチ子さんについてこう語る。

「僕は幸せな人生を送ってきたけれど、嫁さんが幸せにならないと僕も幸せにはなれない。嫁さんが世界で一番。ずっと感謝しているんですけど、自分の言葉遣いが下手くそでいつも喧嘩になっちゃうんですよね」

「こういう状態でも働いていけると見てほしい」

当面の目標は、まずは5年生きることだ。

「この補助人工心臓で行けるところまで行く。今の状態では、マデイラ島には行けない。だけど5年経った頃に医学と科学が進歩して、実験台でもいいから新しい治療を受けて良くなって、もう一度マデイラに行きたいな」

今、抱いているのは、「再びマデイラを多くの人に広げていきたい」という思いと、「こういう状態になってもなんとか働いていけるということを同じ境遇の人に知ってもらいたい」という願いだ。

「主治医に聞くと、こんな状態になったらあまり働くことはなくて、よくて家の周りの散歩程度なんだそうです。でも僕は生活がかかっているから引退するわけにもいかない。こんな深刻な状態になっても、自分の好きなことを諦めたくないんです」

マデイラワインを出してくれる鈴木さん

マデイラワインを出してくれる鈴木さん

今回も、そんな思いを伝えたくて取材を受けた。

「できれば同じ境遇の人に店に飲みにきていただいて、なんとか働いている様子を見てもらいながら僕に稼がせていただきたい(笑)。マデイラを知ってもらいたいし、自分も潤うし、一石二鳥です」

そうニヤリと笑った。

(終わり)

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