実家から遠い場所に進学 オーバードーズに代わる何かを求めて
親の虐待のフラッシュバックから逃れたくて、市販薬のオーバードーズ(OD)を繰り返していた大学3年生の三留千衣沙さん(仮名、23歳)。
大学進学で親から遠く離れた沖縄に住み始め、少しずつ、薬がなくても生きられる生活を模索し始めています。
家の近所のビーチ。海に囲まれていて、どこの海も綺麗だ(三留さん提供)
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一人暮らしでもODを繰り返し
高校から一人暮らしを始め、周囲にバレない程度の市販薬のオーバードーズを繰り返していた三留さん。
一つの薬を何度も使っていると、耐性がついて、同じ量を飲んでも効かなくなってくる。
「飲む種類はコロコロ変えるんです。最初は抗ヒスタミン薬を使っていたけれど、だんだん効かなくなってきて頭痛薬に変えました。頭痛薬は効きが良すぎて、慣れるのも早い。頭痛薬プラス風邪薬とか、2種類以上組み合わせてODするようになっていきました」
そうした市販薬の使い方は、Twitterやネットの掲示板で情報交換していた。
高校の信頼できる先生に相談すると、多少つらさは薄れる。それでもしんどい気持ちが消えることはなく、耐えられるレベルもどんどん下がっていた。
きつい今日一日をなんとか生き延びるために、市販薬は手放せなかった。
「だんだんちょっとしたことで『無理だ』と思うようになってしまい、市販薬で対処していました」
それが高校卒業まで続いた。
大学進学で実家から遠い場所へ
商業高校だったので、同級生の8割は卒業と同時に就職していく。
「でもうちの両親は地味な『学歴厨(学歴にこだわる人)』だったので、『大学だけは行ってくれ』と言われていました。『でも学費は出さないから』と。自分で学費が出せるのは国公立大まで。そして、実家から離れるために、実家とは違う県の大学を受けようと考えました」
一番学費が安くて、実家のある県からアクセスが悪い沖縄の公立大学に志望を定めた。
「飛行機を2回乗り継がなければ辿り着けず、空港からも数時間かかるので、高齢な両親はなかなか来られないはずです。不純な動機ではありましたが、私にとっては大事なことでした。虐待や精神疾患で繋がっているコミュニティの仲間も親から離れることを考えて、アクセスの悪い場所に進学する子が多いです」
大学には現役で受かった。奨学金を貸与され、自分で学費や生活費を賄うメドもついた。
「これでやっと親の手の届かないところに行ける」
何よりもそれが嬉しかった。
蘇るトラウマ 精神科に通院
大学入学後、しばらくトラウマのフラッシュバックは現れなかった。
しかし、生活費や学費を稼ぐアルバイトや学業でストレスが溜まると、再び自分を襲ってくる。新型コロナウイルスが流行していたこともあり、大学生活や人間関係でのストレスも強くなっていた。
市販薬のオーバードーズに再び頼るようになっていった。
「自分が弱ったところに付け入ってくるのがトラウマです。大学2年の前半ぐらいからフラッシュバックが酷くなり始め、精神科を探して通うようになりました」
精神科で受けた診断は、「解離性障害(※)」と「薬物依存症」。最も症状がひどかった1〜2年前までは、凶暴な人格や赤ちゃんのような人格など複数の人格が代わるがわる立ち現れて、顔つきや目つきも変わるような状態だった。生活がままならなくなると、一時入院もした。
※トラウマなどの影響で、自己の感覚や意識、身体イメージの統一感が得られない状態。一部の記憶が失われたり、複数の人格が現れたり、現実感を得られなかったりなどの症状がある。
「もう無理と思うたびに市販薬を買って、飲んでを繰り返していました。薬物依存症と書かれてもしょうがない状態でした」
主治医は当初、厳しく、怖かった。精神科の処方薬をためておいて、ODすることもあった。
「正直、処方薬の方が本来の症状にも効きがいいし、オーバードーズとしての効きもいい。そんなことを繰り返したので、今は薬を処方してもらえなくなりました」
親と縁を切りたいが、報復が怖い
処方薬をもらえない代わりに、何も手がつかないほどつらくなった時は、やはりリストカットや市販薬のオーバードーズをしてしまう。
そんな状態になるのは、たいてい家族が絡むようなことが起きた時だ。
「今は母親のLINEは削除したのですが、電話が直接かかってきたり、急に荷物を送ってきたりもする。そういう時にフラッシュバックが起こることがあります」
両親には「連絡を取らないで」と伝えたが、聞く耳を持たない。「なぜ娘に拒絶されなくちゃいけないの!」とキレられるのも面倒で、最近は無視するようにしている。荷物が送られても開けずに放置し、しばらくしたら捨てる対処法も身につけた。
両親とはもう縁を切りたい。住民票の閲覧制限をかけることもできる。
それでもそうしないのは、「それを実行した場合、何をされるかわからない」という恐怖があるからだ。
「高齢ですが、パワフルな人ではあるので、急に押しかけられることもあり得ます。主治医からは大学卒業したら縁を切ったらいいと言われているので、卒業したら連絡を断とうと決めています」
虐待防止活動や精神疾患のコミュニティに参加
大学には友達がいないし、恋人もいない。自分から人とつながりたい、親しくなりたいという気持ちが積極的に起こらない。
「今までの積み重ねが大きいと思うのですが、そう簡単に人を信用できないところがあります。人と出会うと、『この人はここがダメだ』『こんなところは私とは合うはずがない』と粗探しから始めてしまう。勝手にこの人は自分と合わないと決めつけてしまいます」
今住むところに来てから、植物の豊富さに目を奪われている(三留さん提供)
ただ、同じように虐待で苦しんでいる若い人のために、虐待防止月間に大学で児童相談所の虐待対応ダイヤル「189」を広める活動などを始めた。精神疾患についても、悩みを語り合える自助グループに参加し始めている。
「自分もそうだったよ、しんどいよねと共感しあえると、少し楽になります。市販薬のオーバードーズは勧めませんが、『そういう時はこれをやったら楽になったよ』と伝え合う関係ができ始めています」
大学卒業後は社会福祉士の資格を
大学卒業後は、専門学校に通って社会福祉士の資格を取りたいと考えている。
「自分がお世話になってきた人たちでもあり、裏切られた人たちでもあるのですが、お世話になった人に関しては自分もあんなふうになりたいし、自分が裏切られた人に関しては、あんな人によって自分と同じような思いをしてもらいたくない。ひどい対応を取られた経験があるから、それにきちんと反論できる知識を持ちたいのです」
「児童養護施設や里親にお世話になってきて、その人たちへの憧れの気持ちが強いです。彼らへの感謝もありますし、あの人はすごかったなという憧れの方が大きいから、医療・福祉面の道を目指しています」
ODに代わる何かができたなら
今回の取材は、市販薬に依存する20代の男性の記事を読んで、「自分も協力できることがあれば」と連絡してきてくれた。
そんな思いになったのはなぜなのだろう?
「自分より若い人が私と同じような沼にハマらないために、自分の経験や言葉を使えたらいいなと昔から願ってきました。虐待は正直、自分ではどうにもできない。自分がどれほど努力しても無理な部分があります」
「でもオーバードーズやリストカットなど精神的な対処の部分は、人とつながっていた方が悪化しない可能性が高い。アメリカのように精神科医療の敷居が低くなることも必要です。Xの匿名アカウントでは、そういう意見を発信しています。それを取材でもお話しできたらと思いました」
市販薬以外でも、エナジードリンクやコーヒーなどカフェインに依存しているところがある。周りを見ると、タバコやアルコールに依存している若者も多い。虐待を受けた経験がなくても、みんな何かしらに依存して生き延びているように感じる。
「市販薬のODをなくせたとしても、そちらの依存がひどくなったとしたら、どちらが安全なのだろうなという気持ちは正直あります。一部の人の問題ではないのではないかと思うのです」
今から就職活動や卒業論文などのストレスがかかれば、またメンタルの状態は落ちるのではないかという不安はある。
今住んでいる場所から程近いビーチにて。海は観るのが好きで、入ったことはほとんどなかった。海水は冷たく、自然に癒されている(三留さん提供)
「それでも危険な状態になる予想はついているので、もし市販薬を飲むにしても限度はここまでと決めておくことはできる。これ以上ひどくならないように気をつけることはできると思うのです」
今はたまに使わざるを得ないが、いつかはODをやめたい。同じ問題を抱えるコミュニティの仲間、バイト先の店長、当初は怖かった精神科の主治医とも、少しずつだが、本音を話せる関係を築き始めている。
「ODに代わる何かが私にできたなら、やめたい。でも今は必要だし、私にはこれしかない。生きるためのお守りのような感覚です。OD以外に現実逃避するためのものや、頼ることのできる人がいれば、やめる条件は揃っているからあとは自分が手放すだけ。止めてくれる何かがあれば、と思っています」
(終わり)
医療記者の岩永直子が吟味・取材した情報を深掘りしてお届けします。サポートメンバーのご支援のおかげで多くの記事を無料で公開できています。品質や頻度を保つため、サポートいただける方はぜひ下記ボタンから月額のサポートメンバーをご検討ください。
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