ヨーロッパ、シンガポールなどで新型コロナ感染者急増中 性質を変えた「JN.1」が世界を席巻

新型コロナウイルスの新たな亜系統「JN.1」が日本よりひと足さきに、ヨーロッパで大流行を起こしています。どんな状況なのか、理論疫学者の西浦博さんが海外のデータを読み解きます。
岩永直子 2023.12.27
誰でも

新型コロナウイルスの新しい亜系統、「JN.1」は、日本よりもひと足先に、ヨーロッパで過去最大級の流行を起こしています。

感染を広げる力や免疫から逃げる力が強いこの厄介な「JN.1」は、どんなインパクトを与えているのでしょうか?

京都大学大学院医学研究科教授の西浦博さんに、海外の状況を解説してもらいます。

西浦博さん(撮影:岩永直子)

西浦博さん(撮影:岩永直子)

※インタビューは12月25日に行い、その時点の情報に基づいている。

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ヨーロッパ、シンガポールで急増

こちらはWHOが世界の感染状況を視覚的に示している、「WHO COVID-19 dashboard」です。

WHO

WHO

各国、対策緩和でサーベイランスは難しくなっているのですが、その中でもどこでどれほど流行が起きているのか示してくれています。

——ヨーロッパがすごいですね。

今、状況が悪いのはヨーロッパです。ヨーロッパの前にロシアが悪くなっていました。

それとアジアだとシンガポールでも厳しい局面に入ってきています。

こちらはスウェーデンの下水サーベイランスのデータです。

西浦博さん提供

西浦博さん提供

2021、2022、2023と流れを見ていますが、今回の増加は急激ですよね。JN.1が全国的に高い濃度で見られています。

注意しなければならないのは、これまでの濃度を凌ぐ勢いで増えているところです。2021年の紫のカーブはアルファ株です。そのあとにデルタ株の流行がありました。

その後、2022年にオミクロンが出て、自然感染と予防接種で免疫を得ていると思っていたのに、JN.1は過去を凌ぐような急峻な跳ね上がりを見せています。

——これはJN.1の伝播力の高さが影響しているわけですか?

伝播力の高さなのかどうかは、この後の評価が必要です。オミクロンの時も急激に上がったわけです。今は、ほとんどの人たちが感染対策をしているわけではない中で、新しい抗原性を持つウイルスが出回っているわけですから、感染しやすい状況ができています。その影響が大きいのだと思います。

ヨーロッパの下水調査でウイルスの濃度が急上昇

こちらはオランダの下水サーベイランスのデータです。RIVMという日本の国立感染症研究所のような機関の調査ですが、このデータを見ても驚くような増え方をしています。

西浦博さん提供

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2021年の終わりが、オミクロンの登場の頃です。過去一番の流行がその頃に起きて、そこから上がったり下がったりを繰り返していました。

その後、しばらく落ち着いた期間があったと思ったら、JN.1の登場で過去最大の濃度になるような流行になっています。そこから少し遅れて感染者数が増えて、病院のベッドが埋まり始めています。あまり良くない状況です。

こちらはフィンランドの下水サーベイランスですが、同様に上がっています。

西浦博さん提供

西浦博さん提供

注意しないといけないのですが、下水データと感染者数データのギャップは、最近までに拡大傾向にあることが知られています。下水のウイルス濃度が上昇したのに、感染者数や重症者数が顕著に連動して増えるわけではないこともあります。

だから、下水データが増加していることだけをもとに全てをジャッジするのは危険にさえなりつつあります。

下水と患者データに矛盾が見られる理由はまだわかりません。

仮説でしかありませんが、

(1)(緩和を通じて)感染者が次第に診断・報告されにくくなっていること

(2)部分免疫が蓄積して軽症化することで感染しても明らかになりにくくなっていること

(3)喉でウイルスが増えずに腸管では増えている傾向に変わっていること(だから患者検査は陰性だけど便ではウイルスを排出する)

などが考えられます。

また、重症者が増えない理由には、抗ウイルス薬を利用した治療が進展した影響もありますね。

だから、まだまだ流行状況を見極めないといけませんが、それでも下水データは震撼するような増加傾向にあるわけです。

有病率も、感染拡大のスピードも、入院患者数も増えているイギリス

そこで別の信頼に足る補完的なデータも見ておきましょう。

イギリスでは、ボランティアの市民に継続的にPCR 検査をして集団の中の有病率の推移を見ていく「ONSサーベイ」というものがあります。対策を緩和して一時止めていたのですが、最近再開しました。

これもやはり急激に上がっていますので、JN.1流行で感染者が増えているのは確かです。英国のサーベイ報告では、まだ下水データが示唆するほど上がりきってはいない状況です。

西浦博さん提供

西浦博さん提供

オミクロンが登場して以降すぐの有病率は、すごく高かったことで知られています。というのも、オミクロン登場後すぐの2022年1月、2月に英国政府は対策緩和を決めたので、その時の流行状況は、他のヨーロッパの国々と比べても凄まじいレベルになりました。

そのレベルの流行に追いつこうとしているのが今、と表現すると英国データの意味が解釈しやすいでしょうか。イギリスでは今、救急医療の逼迫が始まっています。

このように他の国の流行状況を見ると、日本も危ないなと思っているのが今です。

伝播性の強さを見ると、増加するスピードはこれまでより若干高いのです。ただかなり違うというほどではありません。

例えば、英国では2022年末も同じような日付で流行が拡大したので、2022と2023の年末の感染率を比べたのがこのグラフです。

2022年のONSサーベイのデータが青色で、今年がオレンジです。

西浦博さん提供

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比較をしても、今年の方が立ち上がり具合が速いです。

これは二つの理由が考えられます。

一つはJN.1は、先祖のピローラ(BA.2.86)よりもおそらく伝播性が上がっていること。もう一つは、免疫から逃げる力が強いので、多くの人が接触する今日、接触相手がこのウイルスに対して感染しやすさを持っている可能性が高いということです。

ただ広がるスピードが異常に速いわけではありません。オミクロンが登場した時のスピードは凄まじいものがあったのですが、まだそれほどまでではありません。オミクロンの亜系統よりは速いですが。欧州でも1〜2か月かけた上で現状に至りました。

JN.1の重症度は?

——JN.1の「病原性(重症度、症状を悪化させる力)」はどうなのですか?

そこが問題なのですが、それは今のところわかりません。

新型コロナウイルスに対して全く免疫を持たずに感染しやすい人は日本ではまだ少しいますが、世界ではほとんどいません。みんな予防接種か感染かで免疫を持っています。

ところが、人それぞれ免疫をつけた株は違いますし、暴露が起こった日付も人によって違うわけです。結果として免疫をつけた株によって、どれぐらいJN.1の感染や重症化を防げているのかはまだデータが出てきていません。

少なくともヨーロッパから「今度の株はものすごく毒性が高い」という話は聞いていません。「わからない」というのが正直な答えです。

——入院患者がわんさか増えているわけでもないですか?

人口レベルの重症患者数のデータは出つつあります。こちらは英国のデータです。

西浦博さん提供

西浦博さん提供

XBBの頃は少し落ち着いていて、過去の亜系統の流行に比べると入院状況は少し良くなりました。

ところがここのところ、また急激に増えています。

年末年始(英国ではクリスマス休暇)で病院のスタッフが減る中で、急激に上がって困ったという話になってきています。

これは、このウイルスの重症化リスクが一定レベル以上だからなのか、それとも感染規模が非常に大きいので、母数が大きいから結果として入院の数が大きくなっているのかが、まだわかりません。でも事実として病院のベッドは埋まり始めています。

西浦博さん提供

西浦博さん提供

英国もインフルエンザと同時流行の問題を抱えています。紫がコロナで、緑がインフルエンザなのですが、彼らは映画の名前にちなんで「ツイン・ピークス」と皮肉を込めて呼んでいます。

——ヨーロッパはこの急増に対策を打ち始めているのですか?

ヨーロッパはほぼキリスト教圏です。今年のサンクスギビングデー(感謝祭)は11月末だったので、そこからはあまり働かなくなります。

クリスマスの2週間前ぐらいから公共機関の機能が落ち、急激な対策を打つような状況ではありません。今、やっとクリスマス休暇が終わって、来週あたりから動き始めるのだと思います。

シンガポールやアメリカ東北部でも進む置き換え

重要なのは、流行する中で、いかに死ななくてもいい人が死なずに済むようにするかです。

これはシンガポールの入院患者数です。

西浦博さん提供

西浦博さん提供

アジアの中で現状を確実に理解するために、データサイエンスに基づくインフラに頼れるのはシンガポールです。患者数も入院患者数も極めて正確に見ています。

そのデータを見ても、やはり「おや?」と驚くような急激な上がり方になっています。前回の流行を凌ぐのは確かでしょうし、増加速度は過去最大の増え方をしています。

こちらはニューヨーク州の政府が作っているダッシュボードです。例えば、州の中でニューヨーク市の病院に何人入院しているのか見ようと思ったら、データを出せるようになっています。日本では、こんなのものがあまりないのが残念なところです。

西浦博さん提供

西浦博さん提供

アメリカではニューヨークやボストンなどの都市がたくさん集まっている東北部で、一気にJN.1への置き換えが進んでいて、影響が出てきています。

ただ、長期的に見たのが図内にある左上のグラフですが、前の波よりを凌ぎ始めたぐらいで、2021年末に始まったBA.1、2の流行に比べるとまだ低いです。まだまだこれからなのでしょう。

ヨーロッパでは最大の流行規模に 日本は知らないまま迎え撃っていいのか?

こういう海外の状況を見ていると、置き換えが一気に進み、素早く急峻に上がっていることがわかります。

それを日本の人もみんな認識しなければいけません。

北欧や英国の優れたデータを見ている限り、全てではないかもしれませんが、これまでで最大の流行が起こっている国が出てきているようです。

一日当たりの感染者数が多いので、病院のキャパシティを突き破るような感染者の上がり方をしそうなところもあります。コロナが忘れ去られた状況から、一気に揺り戻すようなデータが見られているのです。

日本は医療の提供体制のキャパシティが比較的に低い国です。もうコロナが終わったような気持ちになっている人が大多数だと思いますが、この現状を知らないまま迎え撃つことになるとしんどいことになりそうです。

皆さんにも共有しておいた方がいいと思いました。

——「BA.2.86」からわずかな変異でもこれほどのことが起きてしまうのですね。

これはでかい変異といえば、でかい変異です。オミクロンが出現したのと同じぐらい、従来亜系統と比較して「BA.2.86」は遠縁に進化したウイルスだったわけです。当初は伝播性は低めでゆっくり増えていきました。大丈夫かと心配していたら、やっぱり増えやすい変異をした子孫がちゃんと選ばれて目立ち始めています。

感染者が増えると変異のスピードは早まり、薬やワクチンが追いつかなくなる

——感染者数が増えたから、そういう変異が起きてしまったのでしょうか?

はい。伝播の時と、体の中で細胞から細胞へウイルスが感染していく時が、変異が起こりやすいチャンスに当たります。だから、感染者が増えれば増えるほど、ウイルスの進化の速度は速くなります。

世界中で新型コロナウイルスの制御はあきらめた状態です。ひっきりなしに感染者が増えているので、ヒト集団の中で増えやすいウイルスが勝ち残ることが簡単にできる環境にあります。

それだけでなく、抗体製剤も変異によって使えなくなってきて、ワクチンが効かない株が次々に出ていますよね。人類にとっては分が悪い戦いになっています。

変異をして免疫から逃れる性質を持つと、ワクチンの開発もイタチごっこの状況になります。薬も効果がなくなってきます。それでもイタチごっこに勝つしかないのですが、本当に困った状況です。

(続く)

【西浦博(にしうら・ひろし)】京都大学大学院医学研究科教授

2002年、宮崎医科大学医学部卒業。ロンドン大学、チュービンゲン大学、ユトレヒト大学博士研究員、香港大学助理教授、東京大学准教授、北海道大学教授などを経て、2020年8月から現職。

専門は、理論疫学。厚生労働省新型コロナウイルスクラスター対策班で流行データ分析に取り組み、現在も新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードなどでデータ分析をしている。

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