「流行を繰り返しながら徐々に終息」というシナリオは修正へ 今後も起こり得る「遠縁の変異」

欧米で感染者を急増させている新たな亜系統「JN.1」。この変異の影響を見て、理論疫学者の西浦博さんは「新型コロナの今後の見通しも大きく変わってきた」と言います。どういうことなのでしょうか?
岩永直子 2023.12.28
誰でも

新型コロナウイルスが5類に移行して初めての年末年始、新しい亜系統「JN.1」が登場し、急速に置き換わりつつあります。

欧米で感染者を急増させているこの変異の影響を見て、「新型コロナの今後の見通しも大きく変わってきた」と京都大学大学院医学研究科教授の西浦博さんは言います。

どういうことなのでしょうか?

「新型コロナの今後の見通しも大きく変わってきた」と語る西浦博さん(撮影:岩永直子)

「新型コロナの今後の見通しも大きく変わってきた」と語る西浦博さん(撮影:岩永直子)

※インタビューは12月25日に行い、その時点の情報に基づいている。

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流行を繰り返しながら、徐々に波が小さくなるという見通しは修正が必要

——オミクロンが登場したレベルの変異が今後も起き得るならば、いつになれば新型コロナは「普通の感染症」となるのでしょう。

この図は、以前、バズフィードでのインタビューで示したものです。これまでは、流行の波が何度も来ながらも、だんだんその山は小さくなって、「エンデミック(※)」化していくのですよ、と見通しを示してきました。

※風土病的流行。病原体が特定の人口に根付いて、常在している状態。

西浦博さん提供

西浦博さん提供

この上の図のようなモデルで説明してきました。人口の中でウイルスに感染しやすい人(Susceptible)がいて、その人が感染して(Infectious)、回復する(Recovered)。

その時の伝播の率や回復する率も推定されていて、回復した人は免疫を一時的に得るのですが、一定の率で獲得した免疫を失ってしまうので、また感受性を持つ。これを繰り返して、だんだん波が小さくなっていく、というモデルですね。これを「SIRSモデル」と言います。

概ねそれで大局的な動きを把握するのは間違っていないのですが、今回のBA.2.86の子孫による流行を受けて、少し修正を加えなければならなくなりました。

尾身茂先生も含めて、上記のような振幅が次第に減っていく流行を「減衰振動(流行を繰り返しながら徐々に勢力が衰えていく)」という表現で語っています。流行の制御をする人たちからすると、それを望みたいですよね。

流行の波が低くなれば、医療の逼迫度も下がっていくし、エンデミック化して波の高さが低い通常の感染症になれば、だんだん社会としても問題になりにくくなります。

しかし、今回の流行を見ていると、そんな簡単な話ではなくなりそうです。

なぜ皆さんは何度も感染するのでしょう。ワクチンの免疫も、感染して得た免疫も失われるからです。

「SIRSモデル」では、そういう影響を一部加味していました。ただし、現実には、さらにウイルス進化のメカニズムがわかってきて、進化すると免疫が効きにくくなるウイルスが勝ち残っていくわけです。その事実がSIRSモデルではカバーされていません。

「減衰振動」で今後推移する、という見通しは、厳しく流行の推移を見つめている人にとっては不適切に映る可能性もあるのです。

小さな流行を起こす「近縁の変異」と大きな流行を起こす「遠縁の変異」

——流行を繰り返しながら、徐々に波が小さくなっていくという見通しは成り立たないと考えられるわけですね。残念です。

安直に波が小さくなる、ということについて生物学的に確実な保証はないのですよね。特に今回の流行を受けて、僕の頭の中では、下のグラフのようなモデルに切り替えて状況を考えていることを、皆さんと共有できたらと思います。

西浦博さん提供

西浦博さん提供

ウイルスの進化には2種類あります。

「遠縁の変異」といって、オミクロンのようなものや、オミクロンの中でも「BA.2.86(ピローラ)」のようにこれまでと系統が遠いものが出てくることを指します。何十個も変異がある株がポンッと出てきてしまうような現象です。

もう一つは「近縁の変異」といって、系統が近い亜系統が出てくることを指します。流行が拡大するプロセスを通じて、免疫逃避能を持ったウイルスが勝ち残ることによって、特定の箇所に変異がある株が生まれていきます。

起源となるウイルスがあって、「近縁の変異」によって小さい流行が徐々に波が低くなる形で何回か起きた後、「遠縁の変異」が出てきて、また大きな波を起こす。

地震に例えると、本震があって、余震があるイメージです。また、余震は必ずしも小さくない時もあります。本震とそれに引き続く余震が起こり、その組み合わせを繰り返すパターンが起きています。

どこまで本震に当たる遠縁の変異が出てくるかはわかりません。しかし、少なくとも「減衰振動」だけを安直に想定するのではなく、上記のように動いていると考えておいた方がより正確に長期的な見通しと向かい合えると思います。

終息させるのは簡単ではない。そういう特徴を持ったまま、今も常に進化しているウイルスだと認識しておく必要があります。

遠縁の変異が年に何回も出てくるような可能性も考えられます。

今後も繰り返し起こり得る「遠縁の変異」

——これが繰り返されるとなると、ずっと新型コロナと付き合っていく未来も予想されるわけですか。

もっとポジティブに人類の力を信じると、こういう動きを踏まえた上で、もっといい解決案を皆さんの力で見つけてくると思います。研究とはそういう問題解決のためにあるので、みんなで科学と向かい合って未来を過ごしましょう。

オミクロンが出て、「BA.2.86(ピローラ)」が出て、というのは、オミクロン様イベントと呼んでいるものです。

病気で免疫が抑制されている人では、ウイルスがずっと体内に居座り続ける持続感染が簡単に起きることもわかっています。また、その感染者からたくさん変異したウイルスが結構な頻度で排出され得ることもわかっています。

ここまで世界中で感染が広がる中、オミクロン様イベントを止めることはなかなか難しいと思います。だからゲームがコロコロと変わり得るということなんです。

——そんな見通しを示されると、つらいですね。

はい。しかし、こういう事実と向き合って、どうするのかを適切にサイエンスとして考えていくしかありません。まずは事実を踏まえて今後の作戦を練らなければいけませんね。柔軟性は結構大事だと思います。

免疫を逃れる変異が繰り返されるなら、「集団免疫」は期待できないの?

——新型コロナが常にそれまでの免疫から逃れていく変異を繰り返すとなると、予防接種を受けることに意味がないと考える人も出てきそうです。それはどうでしょうか?

「集団免疫」についてお話ししておかなければなりません。

今回の流行を経て、免疫学者の大阪大学名誉教授の宮坂昌之先生が「集団免疫は期待できない」と話しています

しかし、集団免疫自体の効果はあるのです。混乱しないように、正確に集団免疫について理解しておきましょう。

「集団免疫」とは、ワクチンや感染で免疫を持つ人が人口の中で増えると、伝播が起こりにくくなることです。感染の機会が少なくなる。それを「間接効果」といいます。

それが人口の中で集積された結果を効果として定量化したものが「集団免疫効果」となります。

西浦博さん提供

西浦博さん提供

集団免疫効果が蓄積すると、「集団免疫閾値」というものを達成することになります。

つまりコミュニテイの中で、主要な人たちが免疫を持った結果、伝播がかなり起こりにくい状態になって、結果として大規模な流行が起こらなくなったことを「集団免疫閾値」を超えた状態と呼んでいます。

このパンデミックの初期に、「集団免疫を求めて、意図的に流行を起こしてみんな感染すべきだ」と主張する科学者が国内外にいました。それは俗に「集団免疫理論」と呼ばれています。

集団免疫理論は「集団免疫閾値」を達成することを狙って、感染を阻止する免疫をみんなで得ようという考え方です。二度と流行は繰り返さないような社会になるだろうと考えているわけです。

この「集団免疫閾値」や「集団免疫理論」が突拍子もなさすぎて、集団免疫の理解を邪魔していると思います。

「集団免疫効果」と「集団免疫閾値」は分けて考えてください。前者は間接的な防御効果として(程度の差こそあれ)伝播の一部が防がれる効果を指し、後者は間接的な防御効果が蓄積して流行そのものが防がれる閾値を指します。

例えば今また流行が起こりそうなのですが、「集団免疫なんてこの感染症では期待できない」という主張は、大局では合っていますが、厳密には(集団免疫という用語で何を意味しているのかが正確ではないので)間違っています。

「集団免疫」は流行規模を抑えるうえで重要

その主張が「集団免疫理論ではこの感染症対策に対応できないでしょう」という意味なら合っています。「『集団免疫閾値』を期待して、流行制御はできないでしょう」という意味でも正しいですね。

でも一方で、「集団免疫」という間接効果は、予防接種や自然感染で免疫を持った人が集団にいる限り、常に存在します。また、間接効果が大きいほど、流行規模は小さくて済みます。

新しい変異株が出て、免疫から逃れることが多いので、集団免疫効果は部分的に残ったとしてもかなり弱くなる、というようなことは起こり得ます。ただし、それでも免疫がなくて防御力が弱い集団と比べれば、流行規模を抑える上で集団免疫効果はかなり重要な役割を果たしています。

ワクチンが開発されて、新しい変異に完全に効果がなくても、部分的に効いている人がいるだけで流行規模は小さくなることを忘れずにいましょう。

そういうこともあって、「集団免疫効果」と「集団免疫閾値」は分けて考えないと、「ワクチンはもういらないんだね」という誤解につながりかねません。

——免疫をすり抜けるウイルスが出てきたわけですが、今接種しているワクチンは今回の流行規模を小さくするためにある程度は役に立ちそうだと考えていいわけですね。

はい、そうです。感染予防の効果は相当小さくはなっているのですが、実際に暴露しても感染から逃れる接種者は一定数いるでしょうし、また、流行規模を抑えるのには相当に役立ちます。

それに、残念ながら感染した時でも重症化を防ぐ効果はかなりあるので、入院や死亡のリスクを下げる効果はかなりあるのだろうと思います。

ワクチン、自己負担を求めるべきか?

——来年度以降、新型コロナワクチンを定期接種にする際に、自己負担額を7000円程度にするというニュースが流れました。7000円の自己負担がかかれば、接種しない高齢者も増えるのではないかと危惧します。

今後の流行のメカニズムは、これまでの想定とは変わってきています。新しい遠縁の変異で本震が起きては、その後に余震のようなものを繰り返す。そんな形になってきているので、未来の政策は柔軟性を持たせることが必須であって、慎重に議論は続けた方がいいと思います。

ワクチンにはどうしてもお金がかかるので、年1回にしたいとか色々な政策的な意思や意見はあると思います。

しかし医学的に見て、死亡者がもっとも減りやすい接種方法かどうかを常に議論した方がいい。軽薄だと言われてもいいので、死亡者数を最少にする選択肢を常に選べばいいだけです。

——先生は公費接種を続けた方がいいというお考えですか?

これまでの国際的なエビデンスでどれぐらいの頻度で接種を続けた方がいいかという議論が行われたことがありますが、一部の研究では年齢に関わらず年に2回の接種をしても費用対効果が見込めますと主張されています。今の進化の仕方を見ていると、そうだろうなと僕自身も思います。

1回でいいのか、対象者は高齢者と高齢の持病を持つ人だけでいいのか(間接的効果は完全にあきらめるのか)、など、慎重に議論を進めていくべきです。繰り返しますが柔軟さが大切だと思います。

流行状況が悪くなると認識を

——これから年末年始で、帰省があり、親戚縁者で集まることも増える時期です。ニュースもめっきり減り、コロナの対策意識は減ったと思いますが、新たな変異やヨーロッパの状況を受けて、一般の人にどういうメッセージを伝えたいですか?

ヨーロッパでは、国によっては過去最大の流行を起こしています。

速いスピードで新しいウイルスに置き換わっているので、病院のベッドが足りなくなる可能性が高い。

だから、日本の人もコロナはまだまだ続いているということを再認識しなければいけません。

5類となって、制度上、この感染症をできるだけ普通の病として扱おうとしているのは私たちの社会として大きなチャレンジです。できるだけ成功をおさめたいですよね。

でも流行状況が悪くなった時は、高齢者や社会の中で弱い人たちが医療が受けられなくなり、ベッドが足りなくなり、命が失われるリスクが高くなるのです。それは避けたい。できるだけ最小の被害にするためにみんなで協力するべきだと思います。

「津波が来るぞ」とわかっている場合は、津波が来る前に、どのような対策を打つのか、それぞれのセクターで必死に考えていかないといけません。公共交通も含めて、企業の対応も考えておくべきですし、個人でできる感染予防についても、もう切り替えて行動しなければならない時だと思います。

例えば、頑なに「屋内マスク着用は自己判断で」と呼びかけていますが、それは正しいのか。科学的な答え合わせが出てくる日も遠くないと思います。やれることはやっておいた方がいいと、強い危機感を持って念じているところです。

年始から感染者増加を実感するはず

——ただ、一度日常生活の自由さを味わうと、「どんちゃん騒ぎはやめよう」などと言っても聞き入れられなそうです。それで気持ちが解放された人も、一息ついた飲食店もあるでしょう。バランスを考えるべきなのだと思いますが、それについてはどう思いますか?

こういう警鐘を鳴らす人が国にいたならば、僕もこういう話はしないでしょう。しかし、誰もやらないので、これは自分がやらないと仕方ないなと、今回の流行のデータを見て思いました。それぐらいのリスク認識を、この年末段階で感じざるを得ません。

JN.1への置き換えが先に起こっているのは東京と大阪です。年末年始に全国で移動が起きるので、これで全国で同時多発的に流行が起きることになります。

でもこの感染症を通常のものとして捉えるという現状では、起こらざるを得ないこととして受け止めるしかないのかもしれません。

1月になると、感染者が増え始めたことが必ずニュースになると思います。そこでどういう行動をすべきか、事業継続計画はどうするのか、企業やサービス業も含めて先回りして考えておくべきなのだろうと思います。

これから状況は酷くなると思いますし、受験シーズンも直撃するでしょう。学校の感染対策はマスク着用も含めて今のままでいいのか。接触についてどう考えるか。できることなのにやめていることもたくさんあるので、切り替えができるといいと思います。

シンガポールの上がり方を見ると、日本の場合、感染者の増え方が顕著だと言われ始めるのは、年始だと思います。

——政府に対してはどう呼びかけたいですか?

今のところ、定期的にリスク評価が提供されている訳ではないですから、この流行が来ること自体、必ずしも認識できていない可能性があると思います。リスク評価をしっかり行うことが先決です。

そして、医療提供体制が緩和後の状態になっている日本は、薄氷の上を踏むような状況になっています。感染者が増えることを想定した体制切り替えの準備を今のうちにしておくべきです。

ワクチンにしても定期接種化に動いていますが、役所の会議などでお話しする機会があるごとに「今年度いっぱいでコロナで色々あったものは予算措置としては全て終わらせることになっている」と聞きます。臨時の体制であったものはなくなるわけですが、ワクチンにしても、丸腰で流行に突っ込むと結構な被害になる可能性が高いです。

チームを組んで今から準備に取り掛かっておく必要があると思います。

(終わり)

【西浦博(にしうら・ひろし)】京都大学大学院医学研究科教授

2002年、宮崎医科大学医学部卒業。ロンドン大学、チュービンゲン大学、ユトレヒト大学博士研究員、香港大学助理教授、東京大学准教授、北海道大学教授などを経て、2020年8月から現職。

専門は、理論疫学。厚生労働省新型コロナウイルスクラスター対策班で流行データ分析に取り組み、現在も新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードなどでデータ分析をしている。

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